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それから、二週間程経った頃のことだった。 


「うぉぉおおおおお!!!」

隊員達が、フェイトに向かって発砲する。
勿論実弾ではないが、当たるとそれなりに痛みがあり、着弾時に黄色い液が服に付着する。
撃たれた人は死亡ということで、戦闘には参加できない。
所謂模擬戦だ。

「もっと死角を狙って!!私達がやるのは白兵戦じゃないんだから!一発で仕留められなきゃ勝目がなくなるよ!!」

一方フェイトは小さなハンドガン一丁で、どんどん隊員達を撃っていく。
なのはは訓練場の端からその様子を見ていた。

いつもは子供っぽい笑顔を見せたり、少し抜けていたりして。
年は十歳程離れていたが、たまにどっちが大人か分からない時もあった。
でも、戦場にいる彼女は全く別人だった。

なのはが視線を動かすと、一緒に捕虜として捕まえられた一人の男性が目に入った。
フェイトに向けて銃を構えている。
フェイトの隊に拾われた捕虜達は、牢屋に入れられることもなく、むしろ義勇兵に近かった。
それも、皆がフェイトの戦争への態度に共感を持ったからだ。

 


―――――「なんでフェイトちゃんは戦争に参加なんかしてるの?」

なのはは、フェイトのような人間が戦いを好むとは思えなかった。
こんなに優しい人間が、戦争をしたいと思っているはずはない。
フェイトはその問いに、何処か遠くを見るように、空を仰いでこう言った。

「一部の人間の都合で勝手に始めた戦争で、沢山の関係ない人が巻き込まれて…下手をすれば命を無くしていくのなんて……悲しいことだよ。だから、どんな形であれ、早く戦争を終わらしたいんだ。そして、君みたいに…戦争に巻き込まれた人とかを少しでも助けたい。私は…そのために戦ってる」―――――


だから、私達は共に戦うことにした。
自分の世界の為とか、敵の世界の為とかではなく、フェイトの意見に賛成したのだ。

一人でも多くの命を救うために。

 


「すごいなぁ…」

なのははぽつりと呟いた。
それは、あんなに激しい銃撃戦の中で、顔色一つ変えずに走り回る持久力とか。
一人で大勢相手に負けない強さとか。

到底真似出来そうになかった。

「くっそぉ~」

隊員の一人が、胸のところに黄色をつけて戻ってきた。
なのはの前にドサリと腰を落とした。
一度肩が竦むが、もう今はそれだけだった。

「何であんな強いんでしょうねぇ」

独り言のようにその人はぼやいた。

「そうですね」

一応声を返しながら、目はフェイトを追っていた。


かっこいいなあ…。

なんで、あんなに……


そう思って、なのはは胸が苦しくなるのに気づいた。

何…これ…?

身体はどこも悪くない。でも、何故か動悸がするような気がして、なのはは胸を押さえた。

「どうかしましたか…?」

先程の人が、なのはの異変に気づいた。

「い、いえ…何でもないです……」

「そうですか…?」

彼は少し眉を動かしたが、それ以上は追求してこなかった。

本当に何だろう?
異変に気づかれたこと自体が、何故か恥ずかしい。
顔も少し熱い。

これって…?

「ちょっとやってきますか?」

「へ?」

間の抜けた声を上げてしまった。

「なのはさん相手なら、隊長も撃てなさそうですし。はい」

そう言って彼は持っていた銃と防弾具を渡してきた。

「で、でも、遊び半分に訓練なんかしたら…」

「大丈夫ですよ。本気でやれば」

垢抜けた笑いを見せたその人。
フェイトちゃんの部下は本当に面白い人が多い。

「それに、たまにはフェイト隊長が負けるのを見てみたいんですよ」

「それ…私に出来るわけがないと思うんですけど……」

「あ、ほら!!もうすぐ終わっちゃいますから!!」

その声に、私の言葉は飲み込まれてしまった。
大急ぎで防弾具を着せられ、背中まで押されてしまっては行くしかない。

「おお!行ってらっしゃい!!」

別の人まで私の事を応援し始めた。

「い、行ってきます」

顔が強ばる。
本当に行って大丈夫だろうか?
でも、格好いい彼女をもっと間近に見られるかもしれないと思うと何故か心が弾んだ。

私は静かに訓練場に入って、彼女の位置を確認する。
先程の場所には既にいない。

廃墟をイメージされた訓練場の、崩れ落ちた塀の後ろに隠れて様子を伺った。
隊員の誰かが突っ込んだのか、ライフルを連射する音が聞こえた。
だが、それは二発の高い銃声で止まった。

彼女がここにいる。

そう思うだけで、緊張からか、舌が喉に張り付いた。

「…なのはさん!」

小声で呼ばれて、なのはは振り向く。すると、五人ほどの隊員が近くの岩陰に隠れていた。
なのはは周りを確認すると、そちらに向かった。

「なんでこんなところに?」

「え、えと…成り行きで……」

頬を掻いて、視線を逸らしながら苦笑いする。

「こちらは私達の小隊(セル)と、もう一つ小隊が残っているだけです。今、もう一つの小隊と連絡して、向こうと一緒に襲うつもりです」

その人は余裕がなさそうに真顔でそう言った。

「なのはさんも来てください…」

彼らが先程銃声のした方へ向かう。なのははそれについて行く。
防弾具や銃が重くて上手く走れない。

フェイトちゃんは…こんなのを着て、今戦っているんだ……

すごいなぁと、額を流れる汗を拭った。
バリアジャケットはどんなの感じなのだろう。これよりは軽そうだけれど、あの大きなデバイスを易々と扱っている。

段々思考することすら疲れてきて、体力のなさに落胆する。
それでも、彼らに迷惑を掛けないように懸命に走った。

ある程度のところで、彼らが止まった。

「これから作戦を説明します」

一人が振り向き、こちらを見るが、なのはは荒くなった息を整えているので精一杯だった。

「大丈夫ですか?」

「は、はい」

なのはは無理矢理息を整えて、顔を上げた。

「誰かが囮になるのが一番かなと考えているんですが…それに適任なのは…」

「私ですね…」

フェイトはなのはがこれに参加していることを知らない。例え張り詰めている状況でも、確実に戸惑うはずだ。

戦場では一瞬の気のゆるみが死に繋がる。

これはフェイトが諄く言っていることだ。

「いきなりこんなことで申し訳ないのですが…」

「いえ、分かってます」

銃を扱ったこともないし、戦い方をちゃんと学んだわけでもない。
なのはに出来ることと言えばそのくらいだ。

「…では、向こうの小隊の準備が出来たら――――」

 

************

 

作戦というか、私がやることは至って簡単だった。
近づいて、突っ込む。ただそれだけ。

私はフェイトちゃんに気づかれないように回り込んで、出来るだけ近くに間合いを詰めていく。


―――――今だっ!


私は物陰からフェイトちゃんの方へ突っ込んでいく。

「な、なのはっ!?」

やはりかなり動揺しているようだ。
銃声が轟く。

「くっ…!!」

回避を取るがやはり動きが鈍ったのか、腕に黄色いペンキが飛び散った。

「や、やった…!?」

喜びに顔を綻ばせるが、フェイトの動きが止まり、俯いた。

「フェイトちゃん…?」

なのはがその様子に畏怖を感じながら近づくと、

パーンッ!!

「どぅわっ!!」

銃声のすぐ後に、変な声を出して、攻撃していた部隊の一人が倒れた。

「何…してるの?なのは…」

「ふぇ、フェイト…ちゃ…ん?」

ゆらりと持ち上がった顔は、光を持っていなかった。

「訓練場外の人間も全員整列!!」

「は、はい!!」

低い声が有無を言わさず、皆を動かした。
いつもと違うフェイトの雰囲気に、緊張感が高まる。
なのはも捕虜の人達の中に混じろうと、固まった足を動かそうとした。
しかし、

「なのははそこにいなさい」

その言葉に、折角動かした足がまた氷漬けされたように動かなくなった。

なのはが向き直ってフェイトに目を向ける頃には、既に全員並び終わっていた。

沈黙。

そして、

「彼女にこれを貸したのは誰?」

あくまで冷静な声だった。

「わ、私であります!!」

先程の剽軽さはどこへやら、だが、正直に名乗り出るとは、流石フェイトの隊であると何故か感心した。
彼を列の前に出るように手のひらを上にして、一度手招きした。

「……何でこんなことを?」

出てきた彼に、フェイトは尋ねる。
身長的にはむしろフェイトと変わらない。
でも、まさに蛇に睨まれた蛙だった。

「…すみませんでした!!」

ガバッと音がしそうな勢いで頭を下げる。

「理由を言わないで謝るって言うことは、自分に非があると思っていると取っていいかな?」

「はい!!あの…隊長が負けるところとか見たこと無いので…」

「ふざけるな!!」

怒鳴られて、彼は身を竦めた。それを見ていると段々可哀想になってくる。

「休め!!」

縮こまった背筋を伸ばし、両手を後ろに組む。
何をするのだろうとなのはが見ていると、フェイトは彼の頬に拳を打ち込んだ。

「フェイトちゃん!!」

吹っ飛ばされるその人を見て、なのはは思わず声を荒げてしまった。

「…何だ?」

紅い瞳が、鋭くなのはを貫く。
なのははその眼光の鋭さに尻込みしてしまい、フェイトを見上げることしかできなかった。

「彼女は救助班に属している。戦う必要はない。…模擬戦は遊びじゃない。戦場で生き残るための訓練だよ。私の負けがみたいということは、私に死ねと言っているのと同じ事なんだ」

「私は皆を守りたい。誰一人、死んで欲しくない。だから…真剣にやって欲しい」



言っている意味が分からないわけではなかった。



「ここまで言えば、皆なら分かってくれるよね?…話はここまで。皆夕食まで自由に過ごしていいよ。では、解散」

 

でも、まだまだ私は子供だった。

 

気がついたら、私は既に遠くなっていた背中を追いかけていた。

「フェイトちゃん!!」

やっと追いついた背中に大声を上げた。
彼女が足を止める。

「何?」

先刻と同じ答え。先刻と同じトーン。
彼女は怖くないはずなのに、身体が言うことを聞かない。
でも、あの恐怖とは違う。

もっと…別の……


「私は……、わた、しは…!!」

「なのは…駄目だよ」

フェイトはゆっくりと振り返り、なのはに歩み寄った。

「君を戦場に入れるわけにはいかない。足手まといになるだけだよ」

「私は…!!フェイトちゃんの役に立ちたいの!!」

「足手まといだって言ってるんだ!!」

蓋をしていた炎が一気に燃え上がった。

「…っ……じゃあ、私が強くなったらいいの?」

「…救助班も大事な仕事だよ」

「話を逸らさないで!私は…フェイトちゃんと一緒に……」

「君は今、私の隊下にいるんだ。私の決定に従ってもらう」

「フェイト…ちゃん……?」



フェイトちゃんが



そんな事を

 

「話は終わりだよ」




信じられなかった。




でも、私は、




何も言えずに、彼女の背を見ながら立ちつくしていた。



続く


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