第十.五章 非日常
窓から見える景色は切り取られたような世界。
空には星達が輝くだけで月は見えない。
なのはは窓辺でそれを見ながらため息をついた。
今日は来てくれるだろうか…?
今日は新月。普通なら来るとしたらこの日。
思考を切り替えるために一度頭を振ると、肌寒さに我に返った。いつまでもこうしていてもしょうがない。
身体を暖めるために、ワインでも飲もう。
なのははグラスとワインを取りに、寝室を出た。
持ってきたグラスは二つ。
ベッドに座って飲もうと思い、目をそちらに向けると、人影。
「やあ」
明かりのない部屋で紅い眼が二つ、こちらを見ている。
「……こんばんは」
私は胸が高鳴るのを抑えながら、何でもないふうに隣りに間を空けて座る。決して業と空けたわけではない。サイドテーブルが遠いからだ。
「へぇ…」
何かに気づいたらしい。
「来ると思ってたんだ」
二つのグラスを見て、彼女はそうせせら笑うように言った。
「…そろそろお腹が空いてるんじゃないかと思って…ね」
意地悪な声に、こちらも意地を重ねて答えた。
「別に…君だけのを…って訳じゃないんだよ?」
……どうやら敵わないらしい。
私はグラスに二つ注いで置くと彼女が一つ取る。
「赤ワイン…か…。良い香りだね…」
いつの間にかついたロウソクの明かりに翳してその色合いを見、匂いを嗅ぐ。
「乾杯♪」
先程とは違い、屈託のない笑顔で笑う。そうだ、これに心を許しちゃいけない。
私は何も言わずにグラスを傾ける。悪魔を除けるといわれるこの行為を、吸血鬼の彼女がして良いのか甚だ疑問である。
カランと、軽い音。彼女はグラスを口につけた。私はそれを自分も飲みながら横目で見る。尖った牙がチラリと見えた。
「…どうしたの?」
視線に気づいたのか。グラスをテーブルに置く。
「……別に、なんでもないよ」
視線が合わないように顔を背けながら、私もグラスを置いた。その途端、横から力が掛かり、ベッドの上に倒れた。ロウソクの火が消える。
「そう?何でもないような気がしないけど…」
彼女はそういいながら首もとを嘗めた。途端に身体に痺れが伝わる。
「んうっ…」
声に出してしまってから口を塞いでも意味がないことは分かっている。彼女は意地悪な笑みを浮かべた。
「期待してるの…?」
そう言いながら、右手をなのはの身体に這わす。
「…っ!?そんな訳っ…ない…!!」
「そうだよね……。聖職者が…私みたいな魔の生き物に感じてちゃ…ねぇ?」
「うっ……ふぇいっ…とっ…!」
再び首筋を嘗められ、そのままそれが耳の方まで這いずり回る。ぞくぞくとした感覚が背骨を伝わり、下半身に落ちる。
「やぁっ…はっ…!!」
「じゃあ…そろそろ…いただくよ?」
身体が強ばる。冷や汗も流れ始めた。フェイトもそれに気づいたのか、先程の意地悪な笑みは消えた。
ふぇいとは優しく抱きしめ、子供にするように背中をさすった。
「大丈夫だよ…」
甘い声になのはの強ばった身体から力が抜けた。きっと魔力のせいでもあるのだろう。頭もボウッとなる。
そして少しの痛み。
「ふあっ…!?」
いつまでも慣れない快楽に身を委ねそうになる。でも…。
柔らかい唇が離れる。そして彼女は余韻に浸って動けない私の首筋の傷を嘗める。
「大丈夫…?」
心配そうな表情。本当に色んな顔を持つ人だ。一体どれが本物なのか。
「大丈夫…」
私は起き上がって彼女から逃れるようにベッドから離れる。
「少し…頭冷やしてくる…」
「…うん。……ありがとう」
なのはがドアを閉めた。それと同時に、フェイトは窓辺に向かった。
「……ごめんね」
寂しそうにそう呟くと、無数のコウモリに包まれ、その姿は消えた。
「フェイト…?」
なのはが戻ってくると、彼女はいつものようにいなかった。先程のように窓辺に立つ。空には何故か新月に向かう三日月が掛かっていた。
続く