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第十二章 兆し
 
 
 
「まだ…分からないの?」
 
目を開いた瞬間、また違う痛みが身体に走る。
 
「ああ゛っ…!!」
 
「いつまであの教会にいるつもり…?大体内部が分かったことは褒めてあげるわ…。でも、一番知りたいところが分からなければ…意味が無いわよね?」
 
母さんが、辛辣な表情で私を見ている。
そんな顔をさせたくない。昔みたいに笑って欲しい。
 
「は…い……」
 
鞭がまた撓る。それが自分に振り下ろされた。
 
「うあ゛っっ…!!」
 
「もう、母さん待てないのよ……分かる?」
 
「は…い…」
 
「それじゃ、頑張ってくれるわよね?あなたは私の娘だもの」
 
フェイトはハッと顔あげた。そして、もう一度俯く。
 
「はい…」
 
「そう。それじゃあ、行きなさい」
 
バインドが解かれ、私は重力のまま下に落ちた。
 
「分かり…ました……」
 
何度も聞いた母さんが去っていく音を、私は立ち上がれずに聞いていた。
 
「フェイト…!!大丈夫かい!?」
 
「うん。このくらい…すぐ治るよ」
 
「大丈夫ですか…?」
 
もう一人、アルフの横から現れた。トーレだ。
 
「…大丈夫だよ」
 
アルフに答えたときのような優しい態度ではなく、ただ事実を述べるように答えた。
 
「急で悪いですが、ドクターが明日少し立ち寄ってくださると嬉しいと」
 
「…分かった」
 
「フェイト!無理したら…!!」
 
「無理なんか…してないよ?」
 
「それでは…フェイトお嬢様、明日お会いしましょう」
 
彼女はそのまま消えた。
 
私はアルフに支えて貰いながら、ようやっと立ち上がった。
 
痛みや悲しみを、昔の思い出で紛らわす。
母の笑顔を、温もりを。私を優しく抱きしめてくれて、二人で笑っていたときを。
母さんに、またあんな風に笑っていて欲しい。
 
もうほとんど痛みはひいていた。自己治癒力は人間よりもかなり高い。
でも、何故か私は皆よりも少し遅かった。普通ならば、この程度の怪我なら数分も経てば治るはずだ。
 
 
こんな姿を見たら、彼女は何て……
 
途中で、また無意識に彼女のことを考えていたことに気づく。最後にあった日から…最近はいつもそうだ。そういえば、あの時私は何も言わずに帰ってきてしまった。今日は一人だろうか?
それと同時に自分の思考に疑問を抱いた。何故彼女の予定のことなんか考えているのだろう。合わせる必要はないはずだ。ただ食事をしに行っているだけなのだから。
 
本当に、私は彼女を食べ物だと思っているのか…?
 
自分自身に問いかける。その答えはすぐに殻を破って出てきそうだった。
でも、それを出してしまったら…もう後には戻れそうもない。
頭の中からそれを消すために、私は頭を振った。私の突然の行動に、アルフは不思議そうに私の顔をのぞき込んでいた。
 
 
***********
 
 
いつ来ても陰気くさい所だ…。
 
私はトーレの後を歩きながらそう思った。そして、一つの部屋に着く。
 
「ドクター。フェイトお嬢様がいらっしゃいました」
 
何か訳の分からない機械に向き合っていた彼が、振り向く。
 
「ようこそ。フェイトくん」
 
嫌らしい笑みを浮かべる。コイツに名前を呼ばれるのは本当に不愉快だ。
 
「…用は何だ……?」
 
「まあ、ゆっくり話そうじゃないか…?」
 
「面倒だ。短く話せ」
 
彼は呆れたように笑みを浮かべる。色々と使えなければ、こいつの頭なんて今すぐ吹き飛ばしてやりたい。
 
「では、簡単に」
 
彼は一度指を鳴らす。すると、どこからともなく数人の少女が現れた。
私は少し警戒して、気を張り詰める。
 
「そんなに身構えなくてもいいんだよ?…この娘達は…私の作った芸術品だ」
 
「……ホムンクルス達か…」
 
私はまだしっかりと警戒しながらも、少し余裕を持たせる。
よく見れば、見知った顔も多くいた。
 
「いやあ、苦労したよ…最近の教会は彼らにとって有害なバンパイアを撲滅しようとしているから」
 
「…短く話せ」
 
「おっと失礼…。端的に話すとすると…私はこの娘達と…私が作ったオモチャと共に教会に攻め入る」
 
…何を言っているんだ?
 
驚きを隠したまま、私は次の言葉を待つ。
 
「さっき言ったように、今の…人間が世界を支配している世の中では、私の崇高なる夢が叶えにくいのだよ」
 
「それが…私に何の関係がある?」
 
彼はまた笑みをこぼす。遠回しな話し方しかできないのか。
 
「君は今…教会に潜入しているよね?それは何のためだい…?」
 
「…母さんが…同胞の封印所を突き止めさせるためだ」
 
純血のバンパイアはホワイトアッシュの杭を打ったくらいでは死なない。名前が分からなければただ眠るだけだ。だからと言ってそれを放置するわけにも行かない。だから、教会にはそういうバンパイアを封印しておく場所がある。だが、それは幹部の人間でなければ分からない場所だ。
 
「私達も乗り込んだ時にそれを探す。だから私達は君にもこちらの目的を手伝って欲しい。まあ、人を多く殺せばいいと言うだけだ。良い条件だと思うのだが…。君の母上の力も貸してもらえるとありがたい。まあ、手伝ってもらえなくても、今度の満月の日、私は教会に攻め入るがね」
 
与えられた情報量に、頭が追いつかない。
とりあえずそれを整理するために、私はここを出ようと踵を返す。
 
「考えておく…」
 
一言、そう言い残して。
 
「…分かりました。フェイト・テスタロッサさま。でも返答は三日後までに」
 
巫山戯て畏まるスカリエッティの様はいつもなら更にイライラを溜めるはずだったが、私はその余裕はなかった。
 
「…分かった」
 
確か、五日後が満月だ。
 
私は考えを巡らせながら自分の屋敷に向かって歩き出した。
 


続く
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