第十三章 迷い
母さんに話すと、それを快く承諾した。母さんは手伝えないけど頑張りなさい。そう言った母さんは喜んでいるように見えた。少しはあいつに感謝すべきかもしれない。…むかつくが。
それでも私はあまり気が乗らないでいた。気も晴れない。
「フェイト…顔色が悪いけど…ちゃんと食べてる?」
アルフが心配そうに私を見つめてくる。
そういえば、最近は全然飲んでいない。……あの日から。
そうだ。別に私が彼女の事情を気にしなくてもいい。
……でも、私の気持ちは…?
彼女が泣くと自分も悲しくなる。
彼女が笑うと胸が温かくなる。
もう、答えは出ていた。
でも……どうしようもないんだ。
「……ちょっと夕飯食べてくるよ」
「また…一人で行くのかい?」
「うん…」
アルフは私を止められないことが分かっているのか、俯いて言った。
「最近は…エクソシスト共がうようよしてるから…気をつけるんだよ?」
「うん…分かってる」
私はアルフの頭を撫でた。
「アルフは優しい子だね。ありがとう」
アルフはそれに少し照れて、それでも嬉そうに笑った。
「そりゃそうだろ?私はフェイトの使い魔だからね!」
「それじゃ…行ってくるよ」
私は何度目か分からないくらい通った場所へと飛び立った。
***********
もう彼女が来なくなって随分経つ。もう…来てはくれないのだろうか?
最近ため息をつく数が増えた。
私は彼女が来てくれることを、こうやって待つことしかできないのだ。
あの日から、どんなに寒くても夜は窓を開けている。
バフッ、と気の抜けた音を立てて、私はベッドに仰向けに倒れ込んだ。目を瞑る。
彼女が好きだ。例えバンパイアでも傷ついている人を見て放っておけなかった。話し合えばなんとかなると思った。だからあの時、私は助けたのだろうか?
「違う…」
「…何が違うの?」
不意に上から声がして、目を開く。彼女が怪訝そうに私を見下ろしていた。顔が近い。
「ふわあああ!?」
私は驚いて思いっきり後ずさりした。それを見て、彼女はクスッと笑った。
「そんなに驚かなくても…」
「だって…」
言い淀んで、今の状況を思い出した。
「どうして…!?」
「君はいつもそればっかりだね…」
彼女は面白そうに笑った。
「……」
私が好きなんて言ったから、もう来ないと思っていた。
「……何で…?」
逆に彼女から質問される。
「何で…助けたの?」
さっき自問していたことだ。だけれども、その答えはもうずっと前から出ている。私はベッドの脇に座り直し、気を紛らわせるように足をブラブラさせながら話し始めた。
「私…あの頃、両親を亡くして、孤児として教会に引き取られたの……」
ベッドが弾んで、彼女が横に座ったことが分かった。私は俯いたまま話し続ける。
「あなたを見つけたとき例えバンパイアでも、話し合えば分かり合える。だから助けたと思ってた。でもそうじゃなくて……寂しかったんだ、心の奥ではきっと。そんな時にあなたを見つけて…、一人じゃなくなって。すぐに教会の環境にも慣れたし、怪我が治って落ち着いてからあなたのことを聞きたかったのも本当だけどね……」
「…甘いね……」
そう言った彼女の表情は前よりも断然柔らかかった。
「でも…悪くない……」
そう言って微笑んだ顔が、胸を突いた。
今のような彼女の表情を見れたのは、私だけなのだろうか?
痛みと甘さを伴う胸の苦しさは、血を吸われたときと似たような感覚だった。
「……ねぇ……吸って良い?」
いつももがいても勝手に吸い始める彼女が、初めて私にそう尋ねた。
だが、手はもうすでに私の首筋を撫でている。
「…っ、駄目って…言ったら…?」
「吸わないよ…?」
だが、顔はあからさまに残念そうな表情をしていた。私は珍しい表情に小さく笑いを漏らした。私は彼女の首に手を回し、引き寄せた。そのままベッドに倒れ込む。
「いい、よ……でも…」
「…でも?」
言いたくない。でも、知りたい。とりあえずこの苦しみをどうにかしたかった。
「私は…フェイトが好き…。でも、私はフェイトの答えを聞いてない」
彼女は黙ったままだ。その顔には表情がなくなっている。
「正直に…答えてくれればいいから……」
私は首に回していた手を、ベッドのシーツに投げ出した。
「私は…バンパイアだよ…?君みたいに生きてないし、人でもない……」
「関係ないよ!!私は、今ここにいる『フェイト』が好きなの…。生きてるとかそういうことの前に、フェイトは今、ここに、いるん…だから……」
頬に何か生暖かいものが流れた。
「あれ?何で…涙なんか…」
懸命に笑おうとするが顔が強ばって自由が利かない。彼女がベッドから立ち上がった。
「ま、待って…!!」
「なのは…」
引き留めようとしたその背中から、名前を呼ばれた。
「ごめん……」
すでに満月に近いそれの逆光と俯いている所為で、顔がよく見えない。でも、拒否されたということだけは、よく分かった。
「…そう、だよね……。迷惑だよね…!食べ物なんかに…好かれたりしたら…」
彼女が顔を上げた。何かに迷っているような、苦しそうな紅く光る眼だけが、その中でもよく見えた。
何が苦しいんだろう…?
疑問をそのままに彼女に向かって口を開こうとした。でも、彼女はそれに背を向けた。
「もう…来ないから……」
彼女そのまま言葉を発する。
「な、何で!?…別にいいよ!!食べ物でも…いいから…!!」
もう会えないなんて嫌だ。…もうこの気持ちは後戻りなんて出来ない。
「…違う!!」
悲痛な声が低く呻いた。
「違うんだ……」
彼女が振り向いて、私に真っ直ぐ向かってくる。何が起きるか分からずに、私はその場で身構えた。
だが
次に私を待っていた感触は
優しすぎる抱擁だった
「君は……」
そっと耳元で囁かれる。
「……君は…君のままでいて…。君だけの温もりを…ずっと大事に持っていて……」
ゆっくりと抱擁が解かれた。彼女の中にも、確かに温もりはあった。
「フェイト…!!」
踵を返して窓から飛び立つ彼女を私は何も出来ずに見送ってしまった。
***********
私は彼女には見えないくらいの場所で一度振り返り、彼女の部屋の辺りを見た。
彼女は…泣いているのだろうか?
馬鹿らしい。人がバンパイアに恋するなんて。
「本当に…馬鹿らしい……」
バンパイアが人を愛してしまうなんて。
だからといって、彼女をバンパイアにはしたくなかった。
あの温もりを、無くしてしまいたくない。
ずっと、彼女は彼女のままで、幸せになって欲しい。
「それに…もう止められないんだ……」
せめて、彼女だけでも。
そう心に決めて、フェイトは振り返らずにアルフが待つ家へと帰っていった。
続く
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