第五章 新たな日常
「ティアナ!!もっと周りを見て!!」
「はい!!」
いつものように高町の声が辺りに響く。人間はいちいち面倒くさい。こんな事まで、訓練しないと出来ないなんて。
私は周りを見回しながら、飛んできた高町のアクセルシューターを軽く避ける。
『ソール!真下で待機!!』
ランスターから指示を受けた。私はフッと息を漏らし、肩を落とした。それでも指示に従い、気づかれないように下に回る。
その間にナカジマがウィングロードで突っ込み、応戦する。
「てやぁぁあああ!!!!」
聖力の余韻で煙が舞う。
『行って!!』
私はバルディッシュを振りかざし、真下から攻める。どうやら気づくのが遅れたらしく、
「わわっ!?」
変な声を出しながらシールドを張っている。だが、攻撃は通らない。そんなこと分かっている。あんな指示じゃ当然だ。いつもならここから更に追撃できるが、今のランクでは出来ない。私はそのまま下に落ちた。
「今のはすごくいいよ!!あともうちょっとだったね!!!」
……バレていない。
私は少し楽しくなって笑みを浮かべた。
これだけのエクソシストの中で、全く気づかれずに普通に生活が出来る。
あの錬金術師――スカリエッティ――の発明は時たま凄まじい。一日経ったの二錠の薬で、完全に魔力の気配を消してしまえるのだから。
……ただ、魔力自体をほぼ使えなくなるのが難点だが。
私がここに来てから、二週間程が経った。
私は変身魔法で、幼い頃の姿を取っている。しかもわざとリミッターをつけていて、A~AAくらいまでの気しか出せない。バンパイアでも『気』が使えるのは珍しい。ただ単に魔力に頼っているという部分もあるが。
私は孤児の騎士としてここに潜り込んだ。教会は孤児などを引き取ることが多い。そこにつけ込んだ、とトーレが言っていた。他にも何か色々言っていたが、面倒くさいので聞き流した。
……そろそろ終わりにしたいな。
私は指示を待たずに高町に気づかれるように表へ出た。
『ちょっと!何やってるの!!』
ランスターから声がかかる。念話で怒鳴るな、うるさい。私は一つ嘆息して、返す。
『囮になりますから…ティアナさんが右から、スバルさんが左からクロスファイアとディバインを撃ってください。そこにキャロさんが逃げられないように上からアルケミックで囲むように捕まえて、それを見計らってオプティックをかけたエリオくんが突っ込んでください』
もう動き出している私を見て、ランスター達は私の指示に従ってくれた。
今の彼女ならこのくらいで通してくれるだろう。そう思いながら前へ出て、飛んだ。突っ込んできた私を不自然に思ったらしく、辺りを見回している。
「そんな真正面から飛び出して来ちゃ、危ないよ!!」
そう言って、こちらにアクセルシューターを数個向かわせてくる。私は気を練って電気質に変え、フォトンランサーで迎え撃つ。その早さに驚いたのか、一瞬動きが止まる。
『今です…!』
「ディバイン…バスタァァアアアアア!!!」
「クロスファイア…シュートッ!!!」
二発が放たれる。すぐに上に逃げようとするが、ルシエが上に召還魔法を放つ。下には私がいる。逃げられないと悟ったのか、オーバルプロテクションで身を包む。再び煙が立ちこめる。
「…うおおおおおお!!!!」
モンディアルがそこに突っ込む。激しい衝突音がして、彼が落ちてきた。無事着地。うん、順調だ。
煙が晴れる。いつもよりも息を切らし気味の高町が笑っていた。
「…うん!合格!!今日の訓練はここまで!!」
四人は歓声を上げ、その場にへたり込んだ。訓練の後はいつもそうだ。人間って随分ヤワだな。
「でも…一ついいかな?」
そんな四人の様子を見ているソールになのはは声をかけた。
「はい、何ですか?」
いつもの落ち着いた様子で答える。
「今の連係、ソールが考えたんだよね?」
「はい」
「自分が囮になるようなことはしちゃ駄目だよ」
「…何でですか?」
確実に勝てると思ったからなんて言わない。上の立場にある人間に逆らうと面倒くさい。
「何でって…あなたが怪我しちゃったらどうするの?」
「…一人の犠牲で皆が助かるんです。それでいいじゃないですか」
純粋な回答だった。
「あなたが怪我したりしたら、悲しむ人がいるでしょう?」
「…そんな人いませんよ。それとも、皆で死ねということですか?」
何が言いたいのか分からない。人間とは不可解なものだ。
「そうじゃなくて。最良の選択で、誰も犠牲にならないようにしなくちゃ…」
「今の最良の選択が、私を囮にすることでした」
パシンッ
音が響いた。フェイトは一瞬何が起きたか分からず、狼狽えた。少ししてから頬の痛みがジワジワときて、叩かれたことに気づいた。
「少なくとも…この教会の皆は、あなたがいなくなったりしたら悲しむの!!人を囮にするのは最良の選択って言わないの!!どんな場所からも絶対皆元気で帰ってくる!!これが最良って言うの!!」
滅多に負の感情を見せない彼女が本気で怒っている。これは…謝った方が良いかもな。
「…すみませんでした」
出来るだけ、殊勝に見えるように頭を下げる。
「…うん。…えと、ごめんね。叩いたりして…。感情的になり過ぎちゃった…教導官失格だね…」
「いえ、それがなのはさんの良いところでもあると思います」
何故か口から言葉がスラスラと出てきた。自分でも何を言っているか分からない。でも、彼女は照れくさそうに苦笑いして、私を抱きしめた。
トクン、と胸が一つ高鳴る。
私は…この温もりを知っている…?
「ありがとう…皆もごめんね。何か嫌な気分になっちゃったよね…」
彼女が離れた。それと同時に嘲笑する。
皆が心配している…?私がバンパイアだと知ったら迷わず殺すんだろう…?
だが、私はまだ包まれているような感覚に戸惑った。
人ってこんなに暖かいのか…?
生きていない私たちには、決して無い温もり。
「ソール~!!」
気づけば、もう皆は随分向こうにいた。
「先行っちゃうよ~!!」
……スバルが両手を大きく振りながら私を呼んでいた。
続く
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