第六章 揺らめき
さらに数二週間程経った満月の日の夕方、私は教会の外れの森に入った。もうすでに日は地平線に半分落ちている。
「アルフ…?」
名前を呼ぶと、彼女が狼の姿で出てきた。
「ここだよ、フェイ…」
言い切る前に、フェイトはその口を手で塞いだ。
「私は…ソールだよ?」
いつまでも慣れてくれない使い魔に、フェイトは苦笑した。
「今日は…特に何も言いつけられてないんだ」
「そっか…それじゃ、もうちょっと調べておくよ」
そう言いながら、フェイトはアルフの視線に合わせるように屈んだ。
「ちゃんとやってるのかい?」
「うん。アルフは何も心配する必要ないよ…。今日は久しぶりに遊ぼうか?」
そう言って、ワシャワシャと頭を撫でる。アルフはガウッと声を出した。
「誰かいるの…?」
迂闊だった。
ここは教会だ。気配を消すくらい造作もない人間がごまんといる。
しかもこの声は…。
『アルフ、喋っちゃ駄目だよ!』
『分かってる……』
ガサガサと茂みを揺らして、彼女が姿を現した。
「あ、ソール。何して……!?」
言葉が切れた。それはそうだ。どんなにアルフが魔力を隠していても、こんなに近くでは感じてしまう。
「えと…あの…!!」
フェイトは慌てて庇うようにアルフの前に立つ。
「その狼……魔力を帯びてるの、分かってるよね?」
ここでこの人を殺して計画をバラすわけにもいかない。だからといってアルフを見捨てるなんて絶対に出来ない。
「…この間、怪我しているのを見つけて…本当は殺さなきゃいけなかったのかもしれないけど……可哀想で……」
適当に言葉を選びながら、彼女に訴える。こんなに慌てたのは、人生で初めてかもしれない。いや、あの時以来か…。
なのははフェイトに近づく。フェイトは怒られたときの子供のように、肩をすくませた。
しかし、彼女は優しく私の頭を撫でた。
「……優しいんだね」
そう言って笑った。またあの高揚感が心を駆けめぐる。そっと後ろに回り、アルフに近づく。ウウッとアルフが唸った。
『アルフ…その人に手を出しちゃ駄目だよ』
『っ!?でも…!!』
『大丈夫だから…』
そう伝えて、フェイトはアルフの頭を撫でた。そしてなのはに目で合図する。なのははそっとその頭に触れた。
「ふふっ…あったかいね……」
子供のような笑顔で笑っている。また一つ胸がトクンと鳴った。
「…どうしてですか?」
「何が?」
「怒らないんですか…?」
彼女の目を覗くと、桔梗色の瞳が少し寂しげに揺れた。
「私も…一時期魔力のある怪我していた狼を世話してたことがあったんだ…」
え…?
私が疑問に思っている間も彼女は続けた。
「その頃の私はまだまだ勉強不足でね…狼がバンパイアの使い魔になるって知らなくて…しかもその時その子のこと犬だと思ってて…」
まさか…
「怪我は一ヶ月くらいして治ったんだけど…それが治った途端どっか行っちゃって…」
君は…あの時の…
「ご主人様のところに帰ったんだね、あれは…」
あの時の子供が…高町なのは…?
私はあの時、その子を殺さなかった。ほんの気まぐれだった。彼女は私を犬としてしか認識していない。しかも世話になった。
そんな子を殺せるほど、私は冷酷になれなかった…。
「どうしたの…?」
振り向くと彼女の顔が目の前にあって、思わずのけぞり、顔を背けた。
「なんでもないです…それより、だからっていいんですか?」
「う~ん、この子は何もしていないかもしれないじゃない?何もしてない子を殺すほど私はバンパイアが嫌いな訳じゃないし…。うちの教会がバンパイアの人達と繋がっているの、知ってるでしょ?」
「…はい」
トーレがそれを利用して、ここに転がり込んだのだから。
その返事を聞くと彼女は満足そうに立ち上がった。
「それじゃ、遅くならないうちに帰るんだよ?」
「はい」
そのまま背を向けて立ち去っていった。
『あいつ…結構良いヤツだな…』
姿が見えなくなって肩を撫で下ろすと、アルフが念話でそう言ってきた。
『うん…そうだね…。今日はもう終わりにしよう。ごめんね』
『いや、迂闊だったよ。ごめんな、フェイト』
アルフが謝るが、フェイトは何故か上の空だった。
『……どうかしたのかい?』
問いかけるが、フェイトは首を横に振った。
『…なんでもない。それじゃ、今度は新月の日に』
『……分かった。無理しないでおくれよ』
随分と不安そうにしていたが、アルフはすぐに立ち去っていった。フェイトはそれを見送って、自分の部屋に向かって歩き出す。
変だ。
彼女の笑顔を見ると身体が、心が疼く。
……最近、吸っていないからだろうか?
彼女を…私のものにしたい。そうだ、彼女がこちら側につけば…きっと大きな戦力になる。
私は一つ無謀とも言える計画を思いついて、抑えきれずに笑みを浮かべた。
続く
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