第十四章 聖戦
私は自分の目を疑った。だって、その子はここにいるはずがないのだ。
「…ソール!?」
私は丁度、教会本部の聖王教会に、第六教会の総司教として、上層部に報告に来ていた。
その報告も終わり、自分の教会に戻ろうとしていたときだった。すでに辺りは薄暗くなり始めているというのに、子供が一人でこちらに向かってくるのを見たのは。
「ソール!!」
私は駆けだした。どこも怪我はないようだ。服もあの時のままだ。
「八神総司教……」
見上げてくる彼女の様子が前と少し違うような気がする。だが、それを気にしている余裕はなかった。
「とりあえず中に入るで!」
そう言って手を引こうとするが、その手はつかむ前に引っ込められた。
「どないしたっ……!?」
私は自分の感覚を疑った。でも、彼女が纏っているのは明らかに…。
すぐに、空の向こうから巨大な魔力の固まりが近づいてくるのにも気づいた。
これは……!?
『シグナム!!』
念話を入れる。
『…何でしょうか?』
『聖王教会本部の東側にバンパイアの群れが来とる!!第六教会のメンバーを全員戦闘態勢でこっちに!!』
その念話を送り終わると同時に、聖王教会の一部から鼓膜が破れそうなくらいの大きな音が響いた。そちらに目を向けると、炎が上がっている。
中から人の悲鳴や叫び声が聞こえ、人が飛び出してきた。
「始まったね……」
いつもより数段低い声。私はまたソールに向き直る。
「ど、どうしたんや!?まさか…バンパイアに…!?」
彼女がバンパイアに捕まったと聞いたときから、そんなことは予測できていた。
彼女がフッと悲しそうに笑った。
ソールの身体が蝙蝠に包まれる。そして、現れたのは私達の知らない人物。
「私は…元々バンパイアだよ、はやて」
まさか…?
何故、どうして。そんな言葉が頭の中を飛び交う。空から発せられる魔力はさらに強さを増している。とりあえず、私は警戒しながらバリアジャケットを展開する。
「私らを……騙してたんか?」
「まあ…そういうことになるね」
彼女も、あの良く見慣れていたバルディッシュを起動させた。
「君たちを傷つけるのは…気が乗らないけどね」
ここから第六教会まではそこまで遠くない。あと数分もすれば応援がくるはずだ。彼女一人くらいなら…私でも…。
「通して貰えるかな…?」
「そんな事…出来ると思うてるん?」
「…抵抗するんだ?」
「当たり前や…」
「私は…別に教会を潰しに来た訳じゃない…。ある場所を探しに来たんだ…」
私は笑みを漏らした。
「だから、中を探そうと思って」
「そんなん…潰しに来たのと変わらんやない」
中にいる人間がそう簡単に見知らぬバンパイアを通すはずがない。結局は強行突破で破壊していくだろう。
《Haken Form》
アサルトモードだったバルディッシュが金色の刃を持った鎌になる。
能力がどのくらいか分からない今、後手は危険だ。
私は空に飛んで少し距離を取った後、シュベルトクロイツを振り上げる。
「ブラッディダガー!!」
16個の短剣が、私の周りに形成される。だが、彼女は動かない。
「はやてじゃ…私には勝てないよ?」
その言葉を無視して、それを彼女に向けて放つ。
ドーンという激しい音と共に、土煙が舞った。
「遅いよ…」
着弾を確認する前に、後ろから声がした。
「なっ…!?」
気配すら感じなかった。バルディッシュが、すでに首筋に当てられている。
「動いたら…首が飛んじゃうよ?」
いくら単独戦が不得手だと言っても、発射されたブラッディタガーを難なく避けられ、しかも後ろをとられるなんて。教会にいた時は、やはり手加減していたのだろう。
「おとなしく通してくれる気になった?」
「…どこへ行く気なんや?何を探してるん?」
少しでも会話を長くして、応援が来るのを待つ。それが一番だ。
「……教えてくれるとは思えないな……だから通してよ?」
「理由も分からずに通すわけにはいかん」
「強情だね…」
彼女の片手が私を抱きしめるように前を回り、首筋を撫でた。
「血を飲んで、スレイブにでもしちゃおうか…?そうすれば遠慮無くどこにいくか教えてあげられるし…」
顔から血が引いた。
「きっと、おいしいだろうね…」
「い、嫌や…!!」
得体の知れない恐怖に、私は声を出していた。
「君の意見は聞いてないよ…?」
そんな会話をしているうちに、教会から数十人のエクソシスト達がバンパイア達を迎え撃つ為に外へ出て警戒態勢を取り始めた。
「そこのバンパイア!!その人を離せ!!!」
いつの間にか、はやて達は周りを固められていた。地上からも数人が砲撃準備をしている。
「…人が折角交渉してるのに。無粋な人達だ…」
ソールはやれやれとため息をついた。すでに暗くなった辺りの中で、紅い眼が光った。
「……どうする気や?」
「どうしようか?」
挑発するように声をかけるが、彼女は全く動揺していなかった。
「今離して改心すれば、まだ命は助かるぞ!!」
「……随分上目線だね……全く…」
ソールの魔力が高まるのを肌で感じた。
「サンダー……」
急に空が暗くなる。上を見上げると、雲からゴロゴロと雷が見え隠れしていた。
「フォール!!」
途端、半径数百メートルに何十もの雷が落ちた。周りを取り囲んでいたエクソシスト達がどんどん落ちていく。下を見れば、地面は抉れ、見る影もなかった。
彼女がバルディッシュを構えなおした。私には…彼女を止める事が出来ない。
「それじゃ、おやすみ」
私が意識を手放す前に見たのは、空に輝く彼女の瞳のように赤い満月だった。
続く
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