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ウェーブのかかった翡翠色の髪をなびかせながら、その人は最近描き始めた油絵と向かい合っていた。
どうやら何か納得がいかないらしく、何度も首を傾げながら色を塗り重ねている。
「…みちる?」
後ろから声がかかる。みちるは振り返らずに、何?と返した。足音が近づいてきて、それは自分のすぐ斜め後ろで止まった。
「気に入らないのかい?」
「ええ」
「あんまり根を詰めるなよ」
それが戒めるよりも拗ねたような声色が強かったのに、みちるはクスッと笑った。
「はるかが寂しいだけでしょう?」
みちるは振り返って、亜麻色の短髪を持ったその人を少し上目遣いで見る。はるかは不満そうに口を尖らせた。
「はるかも描けばいいじゃない?」
みちるは再び絵に目を向ける。はるかは苦笑した。
「僕は無理だよ」
「あら?いいんじゃない?新しいことを始めるっていうのも。芸術の秋っていうわよ」
「僕はどっちかっていうとスポーツの秋だよ」
「それじゃあ、一緒に泳いでくださる?」
「いや、確かにスポーツだけど…」
焦っているようなはるかの様子にみちるはまたクスクスと笑い出した。
「笑うなよ」
「だって…」
まだクスクス笑っているみちるを見て、はるかはムッと少し頬を膨らませた。が、すぐに良いことを思いついたように口角をあげた。
「みちる」
そっと近づいて耳元で囁く。急なことにビクッと少し肩を揺らした。
「ちょっとパレットと筆、置いてくれる?」
みちるは不思議に思いながらも言う通りにそれらを置く。
「はるか…?」
訝しげに見上げると、不意に身体が持ち上がった。
「は、はるか!?何…!?」
抱きかかえられて、少し頬を赤らめながら、はるかに訴える。はるかはそれを無視して、自分の寝室に向かう。
「ねぇ!はるかっ!!」
本格的に焦り始めたみちるを見てはるかはにやりと笑って、顔を近づける。
「僕を苛めるから…」
はるかはみちるの額に口付け、ベッドに横たえる。そして自分も布団へ潜り込んだ。
「罰として、今日はこのまま昼寝しよう?」
はるかはみちるをギュッと抱きしめて、布団にくるまった。
「寝るにしても、着替えてから…」
「逃げられるもんなら逃げてみてよ」
不敵な笑みを浮かべて、更に抱きしめる力を強める。
「……もうっ」
みちるは溜め息をつきながら、困ったようにはるかの顔を見る。しかし、はるかが嬉しそうに自分を抱きしめているので、何だか力も抜けてきた。
今日くらいは…
みちるはそう思いながら、はるかの胸に顔を寄せると、ゆっくり目を閉じた。
これは、何の変哲もない、ある秋晴れの午後の話。
Fin.
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