キレイな肌に傷が残ってたりしたら、それはそれで格好いいと思う(何
第十八章 想い
目を覚ますと、白い部屋の中だった。
起き上がろうとするが、身体に力が入らず、頭だけを動かす。
「あら、起きたの?」
「シャマル…」
彼女は私をのぞき込んで、良かった、と安堵の息を漏らした。
「何で…ここに運んだ?」
ここは第六教会の医務室だ。ほとんど私が怪我をすることはなかったが、付き添いでなら何度も来たことがある。
「あなたは…フォワード達やなのはちゃんを助けてくれたでしょう?」
無事だったんだ…。
私は心の中で安堵した。
「何故…そう思う?」
「見たまま、聞いたままにそう思ったのよ?」
私が身体を起こそうとすると、慌てて止められた。
「まだ動いちゃ駄目よ!酷い怪我なんだから…」
そういえば…私は……。
靄がかかっていたように思い出せなかった事が、一気に頭を駆けめぐる。
「そう…か……」
私は、捨てられたのか……。
思い出すたびに胸を締め付けて、目頭が熱くなった。
「ソ…フェイトちゃん?何処か痛いの!?」
胸を押さえて横になったままうずくまる私を見て、シャマルが包帯を解き始める。
胸にあったはずの風穴は、針で縫われ閉じられていた。
これ…母さんが……
傷の確認をして、包帯を巻き直している彼女の手を振り払う。
純血のバンパイアなら、こんな傷くらい既に治っているはずだ。自分の傷の治りが遅い理由が、今になってやっと分かった。
気力で立ち上がり、壁に背を預ける。
「フェイト!?」
ドアが開き、誰かが入ってきた。
「なのは……?」
中途半端に巻かれた包帯から、大きな傷が見えている。彼女は私に駆け寄った。
「駄目だよ!!動いちゃ!!!」
私はその手も振り払おうとした。
でも……
「なのは……ごめん……」
泣きそうな顔で私に抱きつく彼女を、また振り払うなんて出来なかった。
自分のしたことは…何て浅はかだったんだろう。
私は彼女を強く抱きしめた。身体のあちこちが軋んで痛みを発するが、些細なことだった。
「謝らないで…」
上目遣いに見上げてくる桔梗色の彼女の瞳から、涙がこぼれ落ちた。
私は彼女を抱く腕の力を更に強くした。
「ごめん……」
私の背をさする手のひらから、彼女の優しさが直接伝わってきた。
いつの間にか
こんなにも
私は腕の中の彼女の温もりをずっと感じていた。しかし、
「どうや~?フェイトの様子は?」
ドアが再び開いて、垢抜けた第一声。
なのはは驚いてフェイトの腕の中から抜け出した。
「駄目じゃないですか~。はやてちゃん、今良いところだったのに…」
シャマルが面白そうに言った。そういえば、途中から存在を忘れていた。
なのはの顔が更に赤くなる。
そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに…。
フェイトはなのはの様子に苦笑した。
「えっ!?何しとったん?」
面白そうに聞いてくる。
何て順応性が高いんだ。今まで敵だったはずなのに…。
「フェイト…さん?」
その声に、私はまた入り口の方を見た。そこにいたのはフォワード四人と、アルフだった。
「……」
何て答えたらいいか分からなくて、私は次の言葉を待った。
「…フェイトが眠っている間、私が色々皆に話したよ…」
アルフが口を開いた。
「……そう」
フェイトはそう返した。
重たい沈黙が続く。
「フェイト・テスタロッサさん」
堅苦しく呼ばれて、フェイトははやてに眼を向けた。
「あなたはフォワードメンバーや、なのはちゃん、そして私の命も救ってくれました。それに、元々あなたは私達第六教会のフォワードです。そちらが我々に全面的に協力、援助してくださるのなら、始めは色々と窮屈な思いをすることもあるかもしれませんが、我々、第六教会及び聖王教会は喜んであなた達を迎えたいと思っています」
「……随分懐が広いんだね」
どう考えても、殺されて当然のはずの事をしたのだ。
「ま、普通ならこんな処置ありえへんやろうけど…そこは色々あってな。特になのはちゃんが頑張ってくれて」
今度はなのはの方に視線をうつした。
「…私、もっとフェイトのこと知りたい。一緒に…いたい」
いつも素直に気持ちをぶつけてくれた彼女。
「なのは…」
だから
私は
「君が望むなら…私は一緒にいるよ」
「フェイトが、自分がいいと思った方を取らなきゃ…駄目だよ」
否というところを想像したのか、段々声が小さくなって行った。私は笑って彼女を抱きしめた。
「君の望むことが…私の望むことだよ。私は…なのはを愛しているから」
なのはの顔は、もう真っ赤だった。
「フェ、フェイト!!そんな恥ずかしいこと…!!」
やっぱりからかうと彼女は可愛かった。
横目で周りをみると顔を赤くしているのが数人。
「本当のことなんだけど…」
面白くてまだからかおうとする私に、はやてが一つ大げさに咳払いをした。
「つまり…それは了解してもらえたっちゅうことやな?」
「うん。そうだね」
はやてが笑ったので、私は曖昧に微笑み返した。
だが、すぐにまたキリッとした顔立ちに戻る。
「今日も来るんやろね……」
その言葉を聞いて、思い出した。
「…日没まで…あとどれくらい?」
「あと一時間ってとこや…。第四、八、十一教会のメンバーがもう聖王教会を固めとるよ。アースラのバンパイア達もや。私達もそろそろ行かんと」
アースラ……。聖戦で人間側についたバンパイア達の船か。私も…。
そう思い、自分の手元にあれがないことに気づく。
「バルディッシュは…?」
「…?ここにあるけど……」
シャマルが、バルディッシュを取り出した。私はそれを受け取る。
もう身体は動くようだ。
「フェイトちゃん、まさか…」
「…なのは達も行くんでしょう?だったら私も…」
「駄目よ!!まだ怪我治ってないし…」
「でも、母さんは……私を狙ってくる…」
バルディッシュをギュッと握った。
母の行ったことは理解できた。でも、納得できている訳ではない。
悲しさも、苦しさも、まだ胸で燻っている。
「分かった、でも無茶はあかんよ?」
「うん……分かってる」
フェイトの表情を見て何か察したのか、なのはが口を開いた。
「…皆、少し…二人にしてくれないかな?」
「…ええよ。出発の用意が出来たら呼ぶな?」
「…うん」
はやてに促されて、皆外に出て行った。
それを見送った後、なのははもう一度私の前に向き直った。
無意識に強く握り過ぎて白くなった私の手を、慈しむかのように彼女は両手で包み込んだ。
「フェイト…大丈夫だよ…。あなたは欠陥品でもオモチャでもない。たった一人の掛け替えのない人。私にとっては一番大切な…」
不意に、自分の頬に何か温かい流れを感じた。
「フェイト…大好き……」
「なのは…」
嗚咽が漏れそうになる。今度は彼女が、私を抱きしめた。
「辛かったら、泣いても…いいんだよ?」
いつもと逆の立場に、違和感はなかった。
ただ、そこには温もりがあった。
私は初めて、声をあげて、誰かに抱きしめられて泣いた。
今までの苦しさも悲しさも、全部流しされるように。
「……落ち着いた?」
彼女が頃合いを見計らって聞いてきた。
「うん…大丈夫。ありがとう」
「じゃあ…行こうか?あ、無理しちゃ駄目だよ?」
「大丈夫だよ……なのはがいてくれるから」
フェイトはそう言って笑うと、バリアジャケットを纏った。
黒いマントが靡く様は、まるでナイトの様だ。その様子に見とれて止まってしまった私に、彼女は手を差し出してくれた。
私は照れながらもその手を取った。
やっと分かり合えた心
だけど
まだ始まっても、終わってもいない
物語は、最後の戦いへ
続く
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