第九章 すれ違い
雀の声と朝日で、私は目を覚ました。
昨日と同じ天井。私はガバッとベッドから起き上がり、昨晩のことを思い出す。
そして気づき、彼女の姿を探した。
「いるわけ…ないか……」
一つ嘆息。もう一つの事実を思いだし、なのはは急いで鏡を探す。それは容易に見つかった。なのはは噛まれた傷跡を見ようとそれをのぞき込んだ。
そこにははっきりと、傷があった。
なのははその場にへたり込む。バンパイアに…なってしまったのだろうか?
答えは否だ。だって自分は鏡に映っている。聖力も…ある。ということはやはり吸血鬼ではないのだろう。私はホッと胸をなで下ろした。だが、鏡には彼女も映っていたことを思う。不思議だ。
更にもう一つ疑問が浮かんだ。
服従させることは出来なくても吸血鬼にしてしまうことは出来たはず。そうすれば教会に戻ることも出来なくなったはずだ。敵のバンパイア達に吸われたのだから、帰っても確実に隔離される。
何で…殺さなかったんだろう?
あの時、確実に彼女は私を殺そうとした。そうしなければ彼女のことを教会に知られてしまう。何故途中で止めたんだろう。謎が多すぎる。一体彼女の行動理念は何なのだろう。
「こうしていても…仕方ないか……」
教会に帰るため、私はその部屋を飛び出した。だが、そこは普通のホテルだったらしい。しかも料金はすでに払われていた。何がしたいのだろう。
そして、もう一つ問題があることに気づく。
ソール――フェイト――のことを何て言えばいいのだろう。
彼女が行動したことについてはさておき、私はどう行動すればいいのか。やはり報告すべきだろう。そして、元を断つべきだ。でも…。
私は朝の肌寒い外の空気にも身を震わせて、だけれどもそこで立ちつくしてしまった。
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「…どうするんだい?」
「……」
私は一度自分の館に帰った。正体がばれたことは、まだアルフにしか話していない。何故ばれたかは、言っていないが。
「…喉乾かない?」
アルフはグラスを差し出した。私はそれを無言で受け取り、大きく傾けた。
味気ない…輸血用のパックのものだろう。それでも飲まないよりはましだし、下手な血より美味しい。
でも、彼女の血に比べたら…。
私は徐に立ち上がった。
「ど、どこに行く気なんだい?」
「…ちょっと血、飲んでくる」
アルフが目を見開いた。
「駄目だよ!!正体ばれちまったんだろう?もう三日も経ってるんだ。名前なんかもう知れ渡って…「いいんだ」」
アルフの言葉を遮る。
「私はそう簡単にやられないよ…」
そう言って飛び立とうとすると、腕を捕まれた。
「だったら、私も一緒に行くよ」
「…いいよ。アルフは待ってて」
アルフは不満そうな顔をするが、私の有無を言わせぬ表情に手を離す。
「ありがとう…」
「ちゃんと帰ってきておくれよ?」
「うん」
私は夜の空へと飛び立った。
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「そこのバンパイア、止まりなさい!!」
私が吸った人間を寝かせてやると、白い拘束条が私の行く手を阻んだ。
…来るのが早いな。
警戒が強められている。彼女が、やはり言ったのだろう。本当に自分は馬鹿だなと思いながら、振り返る。
そこには蒼い色の狼と、薄い色の髪の女性が立っていた。…ザフィーラとシャマルだ。
「第六教会のものです!!素直に私達に投降するなら、危害は加えません!」
「…いやだ、と言ったら?」
ザフィーラが一歩前に出た。
「……滅するだけだ」
私は笑った。
「私は純血だけど…名前を知っているのかな?」
幼い子供に問いかけるように、甘い声を出す。シャマルは、一瞬目を丸くし、私を睨んだ。
「それじゃあもしかしてあなたが、ソールちゃんを攫ったの!?」
今度はこっちが狼狽した。ソールを攫った?何故そうなるんだ?
「どうなんですか…?」
動揺を抑えて、からかうような答えを返した。
「君たちに答える義理はないよ?」
その直後、後ろからもう一つ別の気が迫ってくる。これは…
「ラケーテン、ハンマー!!!」
私はそれを軽くかわす。スピードなら誰にも負けない。苦々しく顔をしかめた彼女を見て私は微笑んだ。
「ヴィータ…。後ろからなんて卑怯じゃないの?」
ヴィータが目を見開く。そして何かを確信したらしく、真っ直ぐ私に突っ込んできた。
初対面なはずなのに名前を呼ばれたら、それはつまり…。
「お前!やっぱり…!!!……ソールはどこだ!?」
「さあね…。…今頃怖くて泣いてるかもね……」
気持ちを悟られないよう、冷静沈着、優雅、そして相手を精神的に追い詰める。それが誇り高きバンパイアの戦い方だ。
「…ふざけんなぁぁあああああ!!!!」
再び正面からヴィータが突っ込んでくる。私が避けようとすると、バインドで身体を絡めとられた。咄嗟に無数の蝙蝠になり逃げる。
「3対1か…。流石に分が悪いね。今日はひとまず退散しよう。十分飲んだし」
「てめぇ!!逃がすか!!」
「バイバイ」
私は森の闇に紛れて逃げた。
…彼女は……言わなかったのか。
何故かは分からなかったが都合が良い。まだ彼女を抱き込むチャンスはある。
ふと、彼女の泣いていた顔を思い出す。
何故か胸がきしんだ。
続く
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