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――――もし、魔法が使えたら、どうする?
「はい?何、急に?」
二人並んでソファに座ってティーブレイク(といっても日が暮れた後だが)をしている時に、藪から蛇にいわれたら、その返答は当たり前だろう。
「蓉子ちゃ~ん?勉強のし過ぎでどうかしちゃったのかな?」
「……別に」
蓉子は聖にからかわれて、少し拗ねたような声色になってそっぽを向いた。
「あれ?拗ねちゃった?」
聖が蓉子の表情を見ようと、回り込んできた。
「ばっ、拗ねてなんか…」
再び顔を背けようとしたが、顎を手で掴まれてそれは適わなかった。
「可愛いよ、蓉子」
いつになく真顔で言われて顔が赤くなる。
「何っで…!!」
「何が何でなのかな?よ~こちゃん♪」
「…別に!お風呂入ってくる!!」
これ以上顔を見合わせているとどんどんボロを出しそうなので、蓉子はその場を一旦離れることを選択した。
「蓉子ちゃん~」
「何!?」
少し怒ったようになっているのは、勿論照れ隠し。
「一緒に入りたい~」
聖はソファに俯けに寝転びながら、駄々っ子のように足をばたつかせた。いつもなら、お行儀が悪い、という言葉が出る筈だが、熱した頭では何も思いつかない。
「駄目です!!」
そう言って、足早に立ち去った。
「…素直じゃないんだから」
聖は仰向けに寝転んだ。
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シャワーの熱で身体が温まると反比例して、頭に上った血の熱が下がってくる。
はあ……。
蓉子はため息をついた。自分でも何故そんな事を言ったのか分からない。急にそんな話をしたことがあったのを思い出しただけだ。…口に出したのが間違いだった。
蓉子が出てくると聖は同じ場所には居なかった。辺りを見回すと、窓が開いて、その外に人影。蓉子はそっと近づいた。
「……聖?」
近づくと、その影がうごめいた。
「…何?」
暗がりで見た彼女の眼は、少し闇に溶けていて、恐怖を感じてしまった。
「…聖!」
不安になって、小走りでそこへ駆け寄った。近くに来て、月明かりにみる彼女の顔はとても綺麗で、先程の影もなくなっていた。思わず蓉子は抱きついた。
「えっ!えっ、何!?」
いきなりのことに聖も面食らったようだ。この暗がりでも顔が赤くなっているのが分かる。
「……聖」
泣きそうな声色に聖はますます焦った。
「なっ!?…私なんか泣かすようなこと言った?」
「…違うの」
あの声は空耳だったようだ。でも、状況に変化はない。聖は蓉子をあやすように背中をさすった。
「……蓉子とずっと一緒にいられるのがいいなぁ」
場に似合わないような明るい声で、聖は言った。蓉子はその核心が分からずに聖の顔を見上げた。
「……いきなり…どうしたの?」
「さっき蓉子が聞いたじゃん。魔法が使えたらって…。だったら蓉子とずっと一緒にいられる魔法がいい」
蓉子は嬉しくて泣きそうになった。それを堪えて聖にさらにきつく抱きしめた。
「そんな魔法はいらないわ……」
「えっ…!?」
今日の聖は祐巳ちゃん並の百面相らしい。感情が顔にそのまま出ていて、蓉子は思わず笑ってしまった。
「なっ…!?蓉子!私は本気で…!!」
続けようとする聖の唇に自分のものを重ねる。初めてのようなバードキス。すぐに離れて見た聖の顔は、先ほどの蓉子並に真っ赤だった。
「別に、そんな魔法なんかなくても、私はずっと傍にいるわ。あなたが嫌がったって離れたりしないんだから」
今度は蓉子が、自分の言った事に赤面し、部屋の中へと戻ろうとした。しかし、それは適わず、後ろから抱きすくめられた。
「蓉子…ありがと。愛してるよ。私だって、蓉子が嫌だって言ったって離れないから♪」
耳元で囁かれて、頭がヤカンのように沸騰した。
「はっ、早く中に入りましょう!風邪ひいちゃうわ」
「は~い」
気のない返事をして聖は部屋に戻り、窓を閉めた。
Fin.
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