隊長が怪我をしたことにより、この隊の活動は極端に弱くなった。
既に二週間が経っている。
以前怪我が治る気配はない。が、治療に専念してくれたおかげか、痛みも幾分か引いてきて日常生活を何とか送れるほどに回復してくれた。
フェイトの熱がひいてから、なのはは本格的に訓練を始めた。
守ってもらうだけでは嫌だ。
私がフェイトちゃんを、守りたい。
ただその一心だった。
でも、なのははまだ、この感情が何故出てくるのかは理解できていなかった。
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「なのは…最近、どうしたの?」
「…何が?」
あからさまに素っ気なく返してしまって、失敗したとなのはは思った。
「軍人じゃないんだから、あんなに頑張って訓練しなくても…」
「でも…いざって言うとき自分で身が守れないと…」
「大丈夫だよ。その時は私が…「嫌なの!!」」
案の定の答えに、なのはは最後まで聞かずに遮った。
「私のせいで…フェイトちゃんが傷つくのが嫌なの!!」
怖かった。
ここに来る前、男達に虐待されていたときよりも、ずっと。
フェイトを失うかもしれないと言うことが、怖かった。
「なのは…」
膝の上の両手をギュッと握りしめて俯いているなのはに、フェイトは呼びかけた。
フェイトはベッドから降りて、なのはを片腕で抱きしめる。
「お願いだから…無理しないで…」
いつも以上に重みのある言葉に、なのはは何も言えなかった。
フェイトはぎこちなく笑うと、再びベッドに戻った。
「おやすみ…」
「……おやすみなさい」
この間まで一緒に寝ていたベッドは、怪我に障らないようにするため、フェイトだけのものとなっている。否、なのはがそうした。
いつまでもフェイトに甘えている訳にはいかない。
なのはは椅子から立ち上がり、振り返らずに部屋を出て行った。
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フェイトの制止を振り切って、いつものように自主訓練を終わらせた後、なのはは医務室に向かった。
この隊に来てから、一応健康診断を受けるように言われているのだ。
捕虜のためにここまでする隊は、ここくらいなものだろう。
ここは特殊部隊だからそういうこともあるのかもしれないが。
「…んですか!?これ!?」
開こうとした扉の内側からそんな声が聞こえて、なのははそれを躊躇った。
「これ、魔力値ですよね?こんな人間まずいませんよ。流石アルハザードの人間ですね~」
これは医療班の人の声。
「そう、ね。でもアルハザードだからってそうそういるとは限らないわよ。なのはちゃんだからかしら…」
これは、シャマルの声。皆の健康診断の為に、彼女ははやて直属の隊からたまに来てくれるのだ。
はやてはベルカ、フェイトはミッドチルダ出身だ。
二つの世界は、アルハザードの卓越した技術と魔法欲しさに、アルハザードへ宣戦布告した。
元々世界自体も仲が良くはなかったが、アルハザードと戦争になったときから、二つの世界は協定を結んでいる。
一つの同じ敵の世界に立ち向かうのに、別の所と喧嘩をしていたら負ける確率は高くなる。しかも、アルハザードの方が全ての技術が進歩しているのだから。
そう判断したのだろう。
「何で隊長は戦力にしないんでしょうね?これだけの魔力なら、隊長と同じくらいのはずですが…」
「なのはちゃんに魔力があること自体から、フェイトちゃんから口止めされてるのよ…。彼女を戦いに巻き込みたくないって…」
私は咄嗟にその扉を開いた。
二人が私の方を驚いた様子で見ている。
「なのはちゃん…あの…」
「何で!!」
私には力があったのだ。守れる力が。
皆を。
…フェイトを。
「フェイトちゃんは…どこにいるんですか?」
「い、今は多分仕事部屋に…」
なのはの纏う空気に気圧されて、シャマルはそう答えた。
なのはは答えを聞くやいなや、フェイトの下へと駆けだした。
「フェイトちゃん!!」
扉を開けると同時に、なのははフェイトに叫んだ。
「な、何?どうしたの?」
フェイトは訳が分からずになのはを凝視した。
「何で…黙ってたの?私に魔力があるって…」
「……」
フェイトの目が途端に険しくなった。
「それ、どこで聞いたの?」
「そんな事、どうでもいいの!なんで…!!」
「なのはは…魔法なんか使わなくていいよ」
フェイトは冷たくそう言い放ち、再び書類に向き合い始めた。
「嫌!私も、フェイトちゃんと一緒に戦う!!」
「駄目だよ」
「何で!?」
なおも一つ低い声で答えるフェイトを、なのはは問いただした。
「なのはに!!」
なのははその大声に、突き進む勢いを無くしてしまった。
「なのはに…これ以上危険な目にあって欲しくない…」
フェイトもそれに気づいたのか、再び声を落とす。
「戦いに出るって事は…自分の身を守るだけじゃない。敵を倒さなきゃいけない。……殺さなきゃいけない…」
俯いたフェイトの顔色を覗おうとしながら、なのはは熱くなっていた頭を冷やして、フェイトの言葉に耳を傾ける。
「なのはを人殺しにしたくない…」
「だったら……」
なのはが言葉を紡ぐ前に、フェイトは首を振った。
「大きすぎる力は、それだけで災いの元になる。それに、上手く扱えない力では皆を守れないよ」
遠くに、感じた。
いつもはあんなに近くて、子供っぽいところもあって。
それなのに、今はこんなにも遠い。
戦場を駆け抜けてきた彼女の言葉には、あの時と同じような重さがあった。
そして、心より先に身体が理解した。
彼女が何故頑ななのか。
でも
「じゃあ、約束、するから…」
約束
そうだ
「私、ちゃんと魔法使えるようになるまで使わない。前線には出ない。いつもみたいに、人助けするためだけに使う」
約束
フェイトは強い眼光でなのはを見つめる。なのはも目を逸らすまいと、フェイトを見つめた。
「……分かった」
その言葉で均衡は破れた。
フェイトが一つ青息を吐き、席を立ってなのはに近づく。
「なのはは…本当に頑固だからね…。放っておいて、下手に使われるのが一番怖いよ」
フェイトはいつもの笑みを見せた。
なのはの表情も緊張がとれて丸みを帯びる。
「でも!」
一つ高い声で、なのはを安堵から引き戻す。
再び強ばった身体を、フェイト苦笑しながら抱きしめた。
「約束…だからね?」
「…うんっ!」
なのはも笑顔を浮かべながらフェイトに抱きついて、その暖かい胸に顔を埋めた。
続く
この話の
表のコンセプト「約束」
裏のコンセプト「恐怖」