側であがっている火の手が壁を這っただけじゃないかと、自分の目を疑う。
でも、その赤黒い壁や床は、まだ滑りを残している場所さえあった。
「なに…?」
裏返ったようになった言葉を、唾と共に飲み込む。
「…のは……」
さっき頭の中で響いていた声が聞こえてきて、私は振り返った。
「ふぇい…と……」
目に入った物が、理解できない。
ふらふらと、夢の中を彷徨っているように、彼女に近づき、へたり込んだ。
目の端に黒焦げた死体が見えるが、気に留められる訳がない。
火の手はすぐ傍まで来ていた。
いままでずっと、この状態だったのだろうか。
彼女の腕がぴくりと動くが、それだけだった。
右目の紅に、炎が揺らめく。
「なの…は…」
「…喋らなくていいよ……!」
呆けている場合ではない。フェイトちゃんを助けなきゃ。
そう思って、瓦礫をがむしゃらに退けていく。
(ティアナ、戦艦の中でフェイトちゃんを見つけた!凄い怪我してるから、早く応援を!)
(はいっ…!)
思念通話で急いでそう伝える。
「なのは…駄目だよ…」
彼女がポツリと言った。
もう無理なんだと言われているようで、悔しくて諦めきれずに大きな破片を退かす。
と、金色のひび割れた宝石が顔を覗かせた。
「バルディッシュ……」
ボロボロに砕けた彼は、全く反応しなかった。
「なのは……私の、首の…取って…」
よく見ると、襟元に紐が見えた。
頭を通せるような状態ではなかったので、軽く引っ張るとすぐに千切れた。
それについていたのは、
「願いの種……」
蒼い宝石がキラキラと輝いていた。
いつの間につけていたのだろう。私の言葉を真に受けたのだろうか。
「願掛けは…効かなかった…かな?」
咳であるのにもかかわらず、ゴポッという音がして、口から真っ赤な塊が吐き出された。
「フェイトちゃんっ…!!いま…ティアナも来てくれるから…!」
よく見ると、左肩にのし掛かった瓦礫が、傷口を塞いでいた。コレを退かしたら…。
「でも…願いは、叶ったの…かな?最後に、なのはに会えた、から…」
彼女が息をする度に、ひゅーひゅーと掠れた音が聞こえた。
確かに、柱がちょうど墜ちたときの衝撃を抑えていたようだ。これがなかったら、確実にショックで死んでいただろう。
それに、幾つも火の手があがっていたのに、ここはまだ無傷だった。
「最後なんて…言わないでよ!!」
思わず叫んでしまった。
彼女の右手を両手で握る。手袋が破れたところから触れる彼女の温度は、冷たかった。
「一緒に、行こう…よっ!!それで、一緒に…うっ…暮らすんでしょ!?」
涙が止まらない。声も震える。
失いたくないのに。
「それに…私まだ…答えて、ないよっ…!」
彼女はいつかのように、ふんわりと笑った。
澄んだ紅い瞳は、私を優しく見つめていた。
「ごめんね…なの、は…」
握った手に、少し力が籠もった。
彼女の瞳から流れた粒は、まるで血のように赤かった。
彼女が何について謝っているのか、容易に分かる。
「約束したんだよ!?返事はスプールスでって…!やぶったら…やぶったら許さないんだからっ!!」
「ごめ…っ……」
再び咳き込む彼女にやんわりと腕を回した。
「じゃあ…もう一つ…約束…」
聞きたくなくてギュッと目を瞑る。
「…なのはのとこ、ろへ…行くよ……」
「絶対…行くから…待って、て…」
現世―イマ―この温もりを離したくないのに、
すり抜けるように、彼女の暖かさは消えていく。
「もっと……平和な世界、で……まっ、て……」
「フェイトちゃん!!」
目が閉じられる。
身体の力が抜けていく。
「ふぇいと…ちゃ……」
穏やかな笑顔が、心を抉る。
「 」
叫んだ。
続く