「あぁ~もう!」
イライラをぶつけるように背もたれに勢いよく倒れたのは、銀河の妖精と呼ばれる女性。
「なんでこんなに難しいの!?」
シェリル・ノームは、手に持つ二本の棒を掲げて、恨めしげに見つめた。
「慣れれば出来ますよ!」
慌てて励まそうとする少女は、現在人気沸騰中の超時空シンデレラ、ランカ・リー。
緑色の髪は宥めるようにピコピコと動いていた。
「何故こんなもので食べようと思ったのかしら……」
拗ねたように頬を膨らまして居る姿は、いつもの大人っぽい物腰からは想像がつかない。
言い換えれば、年相応の可愛らしさを伴っていた。
「良いじゃない、刺して食べれば。何で掴もうと思ったのかしら」
「麺類は刺せませんよ」
「だったらフォークでいいじゃない」
言いながらも、さっき教わった通りに扱おうと、その二本の棒、所謂箸と格闘し始めた。
きっかけは夕食だった。
たまには食事を作って待っていようと、娘々で習った中華を作ってみたのだが…。
「シェリルさん……?」
「美味しいわ、これ」
「あ、ありがとうございます」
褒められた喜びで、疑問が何処かにいってしまいそうだったが頭を振って、呼び戻す。
「いや、そうじゃなくてですね」
「?」
小首を傾げる仕草も可愛い……じゃなくて。
「箸で食べたこと……ないんですか?」
ランカが何を言いたいか気付いたシェリルは、
「外で箸を使う食べ物は食べないし……グレイスも教えてくれなかったから良く分からないのよ」
頬を染めて、そっぽを向いた。
それを見てランカはそっと立ち上がり、
グレイスさんGJ!!
心の中でそう思いながら、空に向かってグッと親指を立てる。
(だってその方が可愛いじゃない)
それに応えるように、そんな声が聞こえたような気がした。
良く分からない動きを始めたランカを、シェリルは訝しげる。
「ランカちゃん?」
シェリルに呼びかけられて、ランカは条件反射のように素早く回れ右をした。
シェリルの声はランカに対して特別な力を持っているようだ。主に過度な愛情的な意味で。
「なんでしょう?」
「良かったら……教えてくれない?」
「はい!」
応えてしまってから、あ、と気がつくが、もう遅い。
まあ、可愛いシェリルが見られればそれでいいかと、ランカはすぐに考えを改めた。
そして、冒頭に戻るわけである。
「まあ、慣れですから、徐々に慣らしていきましょうよ」
「何言ってるの!私はシェリル・ノームよ!こんな棒二本に踊らされてたまるものですか!」
なんかムキになっているらしい。
初めての箸でいきなり酢豚の人参から挑戦しているのにも無理があるような気がしないでもない。
意外に滑りやすいからね。
「よし!」
少し難易度を下げたらしく、椎茸を掴んでいた。
だが、
「シェリルさん、箸交差してます」
「あ"~~!!」
折角空中飛行を楽しんでいた椎茸は、あえなく元の皿へ急降下した。
ダン、とシェリルが音を立ててテーブルを叩く。
オロオロしながらランカはかける言葉を探す。
が、項垂れた状態では表情が分からず、どのように声をかければいいか分からない。
「あの、シェリルさん……?」
「そうよ!」
心配をよそにシェリルはガバッと起き上がった。
その表情は、投げやりとか、そういうものではない。
良いことを思いついた、というしてやったりな顔だ。
「ランカちゃん」
向かいに座っていたランカはちょいちょいと手招きされて、不思議に思いながらも誘われるがままにシェリルの隣りに来る。
「人参が食べたいわ」
「え?」
疑問も無視して、更にランカに向かって口を開けた。
「あ~ん」
「は、はい!」
状況が良く分からず、流されるままに人参を箸で掴んで、シェリルの口へと運んだ。
あれ?え?これどういうこと?
疑問符ばかりが浮かんで、脳がついて来ない。
「ランカちゃん、もうちょっとシチュエーションがあるでしょう?」
今の状況が不満だったのか、シェリルは少しむくれつつ言葉を投げかけた。
「え?」
「だから、やっぱり『はい、あ~ん』は必要だと思うのよ。何も言われないと介護されているみたいだわ」
つまりこれは、恋人のよくやるあれだろうか?
やってから非常に恥ずかしくなって、ランカは髪を膨らませながら、顔を赤くした。
それを見て、シェリルは笑う。
「何?やったあとに照れてるの?」
「だって、急で言われるがままにやってしまっただけなので……」
「そんなランカちゃんも可愛いけど、毎回照れられたら食事が遅くなっちゃうわ」
可愛いに気を取られて更に頬を染めるが、その後に聞き捨てならない台詞が含まれていた。
「毎回、ですか?」
「そうよ、だって箸使えないもの。……いや?」
「そんなことないです!!」
首を思い切り左右に振って即答した。
「ありがとう。じゃあ……」
にっこり笑って、スープのお椀を取り、スプーンで掬った。
「はい、あ~ん」
「あ、あ~ん」
戸惑いながらも口を開けるランカ。
緊張で喉を通らないような気がしたが、汁物なのでなんとか飲み込めた。
「美味しい?」
「……」
咀嚼するように味わうと、俯き加減にシェリルを見た。
「わ、分からないです」
「え、そう?私は美味しいと……」
ランカは再びぶんぶんと頭を振った。
「そう、じゃなくて……緊張しすぎて良く分からなかったので……もう一回……」
小さくなる語尾。
しかし、シェリルにはしっかりと伝わった。
「……もう一回だけで良いのかしら?」
「沢山が良いです!」
「素直で宜しい」
フフッと吹き出したのをきっかけに、ランカの緊張も解けたらしく、一緒になって笑う。
明日の夕食は洋食と和食、どちらにしようか、とランカは期待で胸を躍らせた。
次の日の学校にて
シェ「はい、あ~ん」
ラ「シェリルさんも、あ~ん」
ア「公然で何やってんだこいつら……」
終