花が咲いている。
綺麗な花が。
薄紅色の小さな花。
大きな桜の木。
いつの間にか、春はやってきていた。
静留はのんびりと桜を見ていた。暖かい日差し。まさに春爛漫である。
鶯が何処かで鳴いている。綺麗な声に静留は一つため息をついてお茶を飲む。
「静留」
後ろから、大好きな声に呼ばれる。
静留は頭だけ振り向いて、小首を傾げるような仕草をした。
なつきは微笑むと、静留の隣に腰を下ろした。
「何してるんだ?」
「んーとなぁ、なつきと会った時んこと思い出しとるんよ」
「そういえば静留、あの時追いかけられてたんだな?何でだ?」
「考え事して歩いとったら、お侍さんに礼すんの忘れてもうて」
「ははっ!お忍びだと大変なんだな」
なつきは笑った。
「でも、そうやなかったら出逢へんかったんやない?」
「それもそうだ」
「あの日、丁度奈緒が来てへんかったら行かんかったし」
「出逢えへんかったら、うちはあのまま嫁ぐところやったし」
なつきはそれを黙ったまま聞いていた。
「あの頃のなつきは事あるごとに反発して、手負いの狼みたいやったなぁ」
「なっ…!?」
今まで、静かに春の風を感じていたなつきが、静留の方へ思い切り振り向く。
「でも今は可愛いわんちゃんみたいやな」
「お前!!何を言って…!?」
「だってほんまのことやも~ん」
静留はなつきの顔を見ずに言う。
「あ~あ、まさかなつきもお姫さんやなんてなぁ…」
「て、敵を欺くにはまず見方からって言うだろ!?」
拗ねた様子になつきは少し慌てて言い訳を口から出す。
「うち、そんなに信用ないやろか…」
勝手にどんどん落ち込んでいく静留を、なつきは溜息を一つ。
「…静留」
後ろから抱きしめて、耳に直接言葉を入れる。
「な、なつき?」
「下手なことを言って傷つけたくなかったんだ…」
「……怒ってるのか?」
振り返ると、しょんぼりとしているなつきがいる。静留には垂れている耳が見えているのは言うまでもない。
「怒ってへんよ。ちょっとからかっただけやさかい」
「私だって驚いたんだぞ。お前があんなに薙刀上手かったなんて…」
「小さい頃から習っててなぁ」
今度はなつきが拗ねた表情をして、静留は笑った。ふと、小さな足音が近づいてくる。
「なつき様~!!」
その声になつきは怯えるように、肩を揺らした。
「げ!」
「げ、とはなんですか!?」
ひょいと、顔を出してきたのは橙色の髪を持った女性だった。
「あら、舞衣さん」
「やっぱり静留様のところで遊んでらしたのですね!!一応この国を治める人なんですからしっかりしてください!!」
「分かってる!!というか敬語使うのやめてくれないか?調子狂う」
なつきは頭を抱えた。
「…分かったわ。早くしなさい、なつき!そんなんじゃ民に馬鹿にされるわよ!!」
「分かった分かった。すぐに行くから先に用意しておいてくれ」
どっちにしろ五月蝿い側近に頭を抱えて呟く。
「早く来なさいよ!!」
そう言って舞衣は嵐のように去っていった。
「大変やなぁ、なつきも」
「大変なのはお前もだろうが」
「うちはちゃんと逃げへんで終わらしてから遊んでますさかい」
「…お前の国のことでもあるんだから手伝ってくれよ」
はぁ、と嘆息。
「なつき、そんなに溜息ついてはったら幸せが逃げますえ」
静留はころころと笑った。なつきはそんな静留を見て、目を細める。
「………幸せが逃げたら、また静留が幸せを分けてくれるんだろう?」
「…ふふっ、でも毎日はちょおきついんやけど」
艶かしい視線を投げ返す。
「それじゃ、今夜にでもお願いするか」
そう言って立ち上がる。
「あんじょう気張りよし。うちも少ししたら手伝いにいきますさかい」
「ああ」
その答えを聞くと、静留は再びお茶を飲み、庭を眺めた。
「あ、静留」
呼ばれてそちらを見ると、目の前になつきの顔があり、顔を赤らめる。驚いて目を見開いたままでいると、なつきが軽く口づけをしてきた。
「…お礼だ」
なつきはそう言って穏やかな笑みを見せた。静留も頬を少し染めたまま笑う。
空はどこまでも澄んでいて、心地の良い風が二人を包んでいた。
Fin.
推敲するだけで死ぬほど時間掛かったorz