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第四章 ナガクモガナト
1.
「なつき」
夕焼けを家の中から見つめているなつきに、静留は声を掛けた。
「…何だ?」
いつもより覇気のない返事返ってくる。
「……どうしたん?」
祝言が近づくにつれて、なつきの表情から笑顔がなくなってきていた。何かを思いつめているように静留を見たり…これではこの間の自分と同じみたいだと、静留は心の中で苦笑した。
「うち、なつきの力になりたいんよ」
無言を決め込むなつきに近づいて、手を取り、子供に言い聞かすようになつきに訴えた。
「うち、なつきの為やったら何でも出来ます。うちじゃあ力になれへんことなん?」
なつきは困ったような顔をして静留を見た。
「うち、なつきのそんな顔見たくあらへん」
静留はゆっくりとした動作でなつきの胸に顔に埋めた。
「………分かった」
なつきの言葉に静留は顔をあげた。
「でも、今は言えない。ごめん。…でも、私を信じてくれ。お願いだ」
静留は俯くと、
「当たり前や。うちはいつでもなつきを信じてます。…愛してますえ」
「なっ!?お前何言って…!?」
「なつきはうちのこと嫌いなん?」
上目遣いですがってくる姿に、なつきは少し声が上擦った。
「いや、別に嫌いと言うわけじゃ…」
「それじゃあ何なん?」
なつきは顔を赤くして、ウッと言葉に詰まる。静留はそれを見て、口をうっすらと歪めた。
……こいつ…遊んでるな…
なつきは軽く吸って吐いてを一度して、静留を抱きしめた。当の静留は、いつもと違うなつきの反応に激しく戸惑っていた。
「……好きだぞ」
そっと耳に流し込む。なつきは静留の様子を伺えず、どう反応しているかよく分からなかった。が、髪の間から見える真っ赤になっている耳を見て、きっと顔も赤くなっているだろう事に気づいた。
「どうしたんだ?静留」
悪戯心が働いてわざと聞いてみる。
「…………いけず」
逆にやり返されてしまった静留はう~、と唸って顔を埋めたままなつきを見上げた。
か、可愛い…!!
なつきはすぐに目を合わせないように真っ直ぐ前を見た。
「お前の方がいけずだろっ!」
静留は頬を膨らましたまま、プイッと外の方を向いた。そして、ふと表情が変わる。不思議に思って、なつきもそちらを見る。
いつもの庭の風景。夕焼けが少し寂しさを感じさせた。それによって、なつきは静留が何を思っているか分かってしまった。
「明日か…」
先になつきが呟いた。静留は体を一瞬強張らせた。
「なつき…」
「…ん?」
甘えた声に、なつきは子供をあやす時のように相槌を打った。
「うちのお願い…聞いてくれはる?」
不安そうな声色に、なつきは静かに頷いた。
「ああ…」
「何でも?」
「ああ…私にできる範囲なら」
そう言うと、静留はガバッと顔を上げ、口付けた。
いつものように冗談ではないくちづけ。
「………うち……なつきが欲しい」
なつきは目を見開いた。静留はしっかりと目を見つめて答えを待っていた。
いつかのような重い沈黙。静留は自嘲するかのような微笑みを浮かべて、なつきの胸から顔を離した。
「堪忍な…無茶いうてしもうて…ちょっとしたじょ…!!」
冗談や、と続けようとしたが、それは叶わなかった。なつきは静留を押し倒していた。
「…明日だろ?祝言…」
静留が真っ赤な顔でぶんぶんと首を縦に振った。なつきは一つ溜息を吐いた。
「明日動けなくなっても…知らないからな…」
なつきは後ろ手で襖を閉めながら、低く呟き、今度は自分から口づけた。
「んっ…」
唾液の交じり合う音が部屋の中を満たす。
なつきは口づけをしながら、静留の帯を解き始めた。
「ふあっ…」
名残惜しそうに唇を離すと、静留が紅潮した頬のままなつきを見上げた。
可愛すぎるその仕草になつきの頬も赤くなる。照れ隠しのように、耳を嘗め、弄る。
「あふっ…やっ…」
「お前…可愛すぎるぞ」
なつきは、いつもなら絶対に言わないような科白を静留の耳元で囁いた。そして、帯が解かれてはだけた鎖骨に舌を這わせる。
「んんっ…」
一つ一つに反応してくる身体が嬉しくて、なつきはさらに胸元をはだけさせ、豊かな胸を露わにさせた。白く、肌理細やかな肌に、なつきは思わず見惚れてしまう。
「やぁっ…そんなに、見んといて…」
息を切らせながら、静留は言葉を紡いだ。そんな様子も可愛くて、思わず笑みを零してしまう。なつきは静留の胸を掌全体で揉んだ。
すぐに中心の突起が立ち始める。
「…ん?何だろうな?これは」
わざとらしくそう言いながら、なつきは静留のそれを摘んだ。
「ふあっ…!うっ…!」
「…気持ち良いのか?なら…」
今度はその突起を口で咥え、弄る。軽く噛む。
「あっ…!やっ…!噛まん、といてぇ…!」
鋭い刺激に肩を震わせながら、静留は哀願する。だが、なつきは聞こえないかのように、執拗に嘗める。
そして、静留がそちらに気を取られている間に、なつきは完全に着物も襦袢も取り払い、太ももの内側に右手を這わせる。
「な、つきぃ…!?」
感づいた静留が足を閉じようとするが、既になつきが片足を割り込ませているのでそれは適わない。
「ちょお…まっ…ああっ!!」
静止をかける前に、なつきは静留の秘部に触れた。静留はなつきにギュッとしがみついた。
「すごい…濡れてるぞ……」
なつきは静留の反応を楽しむかのように、わざと口に出す。
「言わん、とい…てぇ…」
涙目で訴えてくる姿になつきはさらに苛めたくなってきてしまった。とりあえず、下敷きになっている着物を静留の下から放り出すと、胸の頂上を一舐めして、秘部に向かって、寄り道を繰り返しながら舌を這わせて行く。
「…そこ、は…だめぇ…!!」
両手で頭を抑えようとするが、力の抜けきっている身体ではどうすることも出来なかった。
「ひやぁっ…!!」
なつきの舌が花芯に触れ、静留は大きく声をあげた。
「どうした?ここが良いのか?」
なつきは意地悪な笑顔を零しながら左手で足を押さえつけ、右手でそこだけを弄る。
「ふあっ…!や、ぁっ……!!」
静留の身体が軽く震えた。
「…もうイッたのか?」
上目遣いに静留を見ると、涙を流しながら顔を横に振っている。もうやめてくれという意味だということは重々承知していたが、あまりの可愛さにもっと苛めたくなってしまう。
「まだか?そうか…なら…」
徐に顔を静留の秘部に近づけ、一番敏感な花芯を吸う。
途端に大きな嬌声。足がガクガクを震えているのにもかかわらず、なつきはさらにそれを吸って、顔を覗かせた芯に舌先を尖らせて嘗める。
「ひぅっ…やっ…もっ…やめっ……!!」
その言葉を聞いてなつきはすぐに秘部から顔を離した。
「?」
静留は急に刺激が無くなって戸惑ったような表情をしている。
「やめて欲しかったんだろう?」
意地悪くそう言うと、静留はなつきの背に腕を回してギュッと身体を密着させた。
「いけず…せんとぉ…」
熱を持った声で囁かれて、なつきの理性が完全に飛んでしまった。
「分かった…」
なつきは右手で静留の割れ目をなぞり、少し沈み込ませる。
「ふぁっ、あぁっ…」
「…痛いかもしれないけど……少し我慢してくれ」
静留の身体が強張る。なつきは指を一本、静留自身に挿入した。
「あっ…!いっ…!!」
痛みで苦悶の声を上げると、なつきは顔中に口づけの雨を降らせた。
息を整えていると、段々と痛みがひいてくる。ふう、と一つ大きく息を吐くとなつきは静留の中で動き始めた。
先程の痛みは殆んど無く、快楽が大きく上回る。
「ふあぁぁっ…!」
「静留…痛くないか?」
少し動きを緩めて、なつきは尋ねた。静留は必死にしがみつきながら、コクンと頷く。その動作はまるで幼い子供のようで、いつもの大人びた表情が全く垣間見えない。なつきはもっと鳴かせたくなって指をもう一本入れる。
「や、あああっ……!!」
一本でも激しく締め付けてきた静留の中は、更に強く圧迫してくる。とりあえず、痛みによる声ではないので、なつきは指を折り曲げて中を刺激する。
「ふうっ…あっ…んっ…!!」
静留がそれに気を取られている間に、なつきは再び花芯に舌を伸ばす。
「…!?な、つきぃ…!はっ…やぁっ…!!」
再び、けれども先程よりも激しくそこを弄られる。
「くあっ…!あっ、あぁっ!!やあぁっ………!!!!」
静留の背が反り、足が痙攣する。なつきは強い締め付けを感じると、段々と刺激を弱めていった。花芯から顔を離して、静留の顔の位置へ戻ってくる。
「静留…?」
どうやら気絶してしまったようで、返事はなかった。
「静留…」
そっと唇に口づけを落とす。
「……絶対誰にも傷つけさせない」
なつきは自分に言い聞かせるように言うと、静留の身体を強めに抱きしめる。静留が呻いて身じろいだ。なつきは顔を綻ばせると今度は瞼に口づけた。
いつの間にか暗くなった空には、赤い三日月が浮かんでいた。
2.
『…絶対誰にも傷つけさせない』
昨日、意識が途切れる間際に、そう言われたことを覚えている。今日になってもその言葉が頭から離れずにいた。一体何をするつもりなのだろう。
静留は着物を着付けて、お化粧をしてもらいながら、ぼんやりと考えていた。まだ下腹部にじんわりとした痛みが残っていて、苦笑する。
「終わりました」
準備が整うと、父が入ってきた。
「……綺麗や」
静留は笑った。
「そないなこと言うても何も出えへんよ」
いつもと同じような娘の様子に彼は苦笑した。
「ほな、行きましょか」
静留が廊下に出ると、なつきと遥がいた。二人の心配そうな顔に静留は笑ってみせる。長い廊下を歩く足取りは、母の葬式のときのように重かった。
部屋の目の前に着くと、先に父となつき、遥が入る。すぐに襖が大きく開かれる。
横目で見ると中には五十畳は軽い部屋の中に、それを埋め尽くすくらいの人がいた。正面には少し高くなったところに神崎の大名、自分の父が座っていて、その前の少し低いところに神崎黎人が座っていた。
静留は一歩一歩を踏みしめるように歩いた。元々そこまで長くない道のりは、すぐに埋まってしまう。
あと数歩だった。
だが突然、何故か腕を取られグイッと後ろに引かれた。
「貴様!!何をしている!?」
誰かが言う。静留は振り返った。
そこには自分の愛してやまない人が、いた。
「…な、つき?」
わけが分からなくて、それしか口から出てこない。
「あなたが、この神崎の国主か…?」
そう言って、なつきはそれを睨み付ける。
「何者だ!?」
質問には答えずに狼狽えた様に喚く。
「私は先代のこの国の大名の娘、玖我なつきだ!!!」
周りがどよめく。なつきは刀を抜いた。
「父と母の無念、ここで晴らさせてもらう!」
「何を言っておる!!あれは襲った盗賊共の仕業じゃろう!!ふざけた事を抜かすな!!」
なつきはフッと笑うと、懐から何かを出した。一枚の紙のようだ。
「お前が腕の立つ殺し屋を雇って盗賊と偽り、仕向けたのだろう!?その時の覚書がここにある!!」
一度はグッと怯んだが、開き直ったように気味の悪い笑みを浮かべた。
「者共!!!こいつを切ってしまえ!!」
すぐに静留を庇うように後ろへやる。
いつの間に待機させておいたのか、後ろからぞろぞろと数十人ばかりの刀を構えた侍が出てくる。どれも腕の立ちそうな武士ばかりだ。だが周りにいた武士達は依然として動かない。
「どうした!?貴様ら!!早く切ってしまえ!!」
「なつき様が生きておられるとしたら、私達の主はなつき様でございます!!」
手前にいた武士が大名に向かって言う。
「うっ…ならよい!!お前達だけで十分だ!かかれ!!」
なつきは身を翻すと静留の手を引き、廊下の近くにいた遥の下へと急ぐ。
「遥!!静留を頼む!」
一瞬驚いたように目を見開くが、すぐにいつもの自信満々の不敵な笑みを浮かべた。
「泥舟に乗ったつもりでまっかせなさ~い!!」
そう言いながら刀を抜く。なつきはそれを見ると、苦笑しながら相手に向かっていく。
「大船だよ遥ちゃん!!」
雪之も刀を抜いて静留を背に庇う。
「姫も捕らえよ!!」
神崎の声で、半数がなつきの間を通り抜けて静留の元へと向かう。
二人は静留の前に立ち、それらを切り倒してゆく。一瞬にしてほぼ半数を殲滅し、次に取り掛かろうとしたその時、
「貴様ら!!動くな!こいつがどうなってもいいのか!!」
神崎の大名は静留の父の首元に小太刀を突きつけていた。黎人はその前で刀を構えている。
それによって、三人の動きが止まる。
「そうだ、動くのではないぞ…。そこの小童、刀を捨てろ」
なつきを顎で指すと、なつきはそいつを睨み付けながら刀を放した。すぐに周りにいた連中に押さえ込まれてしまった。
「これで、お終いだな」
大名は高く笑うと、黎人と目配せをし、なつきの元へと行かせる。黎人はなつきを見下げるように薄ら笑うと、刀を構えなおした。
「待っておくれやす!!」
凛とした声が響いた。静留は遥と雪之の前へ出る。
「ちょっ…あんた!!」
遥が引きとめようとするが、静留は優しく笑い、それを制す。そのまま真っ直ぐ歩いて行き、なつきと黎人の間に割り込む。
「なつきを斬るつもりやったら、先にうちを斬りぃ」
赤い瞳が黎人を睨む。黎人は躊躇したように後ろを振り向いて自分の父親に意見を仰ぐ。
「静留!!」
少し高めの声が静留を呼ぶ。皆がそちらを見ると、赤と白の縞々という無駄に目立つ格好の忍者が立っていた。
静留は振り返らなかった。次の瞬間、何か長い得物が飛んでくる。黎人はすぐに静留に切りかかるが何かによって抑えられる。無理な体勢から切り込んだので、思い切り押されて派手に転んでしまう。静留が持っていたのは赤い薙刀だった。
静留は思い切りそれを振る。だが、今の場所からではなつきの場所にも父親の場所にも届かないはず。数人以外不思議に思っていると、刃が分かれ十倍ぐらいの長さになり、鞭のように撓ってなつきを押さえ込んでいた侍達と大名をなぎ倒す。
なつきは上の重しが無くなり、先程落とした刀を拾って大名に向かって走る。
「させるかぁ!!」
黎人がそこに立ちはだかる。
「邪魔だぁっっ!!!!!!」
なつきは居合いで黎人を切り込み、高く飛ぶ。そしてそのままその先にいる仇に振り下ろした。
激しい血飛沫。
なつきの顔に血が点々とついた。
「………貴様ぁっ!!」
国主が倒れると同時に、黎人は腕を切られながらもまだなつきに斬ってかかった。なつきは静かに振り向く。その緑の瞳は更に色濃く揺らめいていた。その凄みに気後れして刀が鈍る。なつきは刀を下から黎人に向かって斬りかかる。しかし、下過ぎたのか刀が畳に食い込んだ。これでは間に合わない。黎人が大きく振りかぶる。だが、それが振り終わる前になつきはすでに黎人の背を抜けていた。
黎人の腹から血がポタポタと垂れて始め、短い呻き声と共に崩れ落ちた。なつきは懐から拭い紙を取り出し、ゆっくりと刀を拭いた。
これだけ大勢の人が居るにも関わらず、そこは完璧な静寂に包まれていた。
静かに風が吹いて、外の木々の葉を揺らした。
それはこの中で唯一の音だった。
続く