「…だからお願いだ!!皆の力を貸して欲しい!!!」
フェイトは深々と、自分の部隊員に頭を下げた。
フェイトはあの後、決断をした。
捕虜達を連れて、第61世界、スプールスに逃げると。
つまり亡命だ。
スプールスは独自の力を持つ中立世界で、戦争に参加するようなことはない。
そこまで逃げられれば、ミッドチルダもベルカも、アルハザードも手を出せないだろう。
しかし、それはフェイトの独断だ。
一つの隊の指揮をしている人間が今更何を言うと言われるかもしれないが、普段から律儀なフェイトが、自分の兵士達の意見も聞かずに判断するのは躊躇われたのだ。
しかも、これは軍の命令に違反すること。
簡単に一人で決められる問題ではなかった。
「ある意味…戦争から逃げ出すことになる。自分の世界を捨てることになる。でも…!!私は軍人としての誇りを捨てても、皆を守りたいと思っている!!皆をこんな事に巻き込んですまない。今なら配属部隊を変えることも出来る。全て私の我が侭だから…」
「隊長!!」
兵士の一人が叫んで、フェイトの言葉を遮った。
「私達は隊長がフェイト・T・ハラオウン隊長だから、ついて行ったのであります!!」
「だから、隊長が決定したことに異論がある者などおりません!!」
兵士達は口々に叫んだ。
フェイトは予想外の反応に目を瞬かせ、周りを見回した。
(ほら…大丈夫でしょ?フェイトちゃん)
念話が来て、フェイトはなのはの方に顔を向ける。
なのははにっこりと笑っていた。フェイトの表情も自然と和らぐ。
「ありがとう…皆…」
再び前を向いて感謝を述べ、頭を下げた。
「隊長!!何なりと命令してください!!」
「私達はずっとあなたについて行きます!!」
フェイトは喜びに涙が零れそうになるのを堪えると、キリッと前を見た。
「この隊はこれより、第61世界スプールスに向かう!!軍規定外の行動により、ワープルートが使えない。長い旅になる…。全員覚悟しておくように!!」
「はっ!!」
二百人あまりの部隊員達が一斉に敬礼をした。
************
「ごめんね、はやて」
フェイトは画面の向こうの女性に頭を垂れた。
『……私は、フェイトちゃんの決めたことやったら、反対せえへん』
その人はほんの少し眉を下げて笑った。
「本当に…こんなこと聞かせて…」
『いや…こちらこそごめんな。手伝えなくて』
「当たり前だよ。はやては悪くない」
『……この戦争が終わったら、また会えるやろ?』
「うん。そうしたら、三人でまた会おうね」
隣りにいたなのはが、画面越しのはやてに笑う。
「三人で…そうだな、普通にショッピングとかでもいいかもね」
『はは!私、なのはちゃんと世代違うからなぁ…。若いもんについて行けるやろか?』
「はやての方がなのはと年近いくせに……」
はやてが心底楽しそうに笑った。二人もつられるようにして笑みを漏らす。
『…無理せんといてな。フェイトちゃんも、なのはちゃんも』
「うん!はやてちゃんも、ちゃんとご飯食べるんだよ?」
『私はそっちの誰かさんの方が心配やけどなぁ』
「なっ!私は大丈夫だよ!」
『誰とは言ってへんのやけど…』
「うっ」
黙り込んでしまったフェイトを見て、はやてとなのはは苦笑した。
「じゃあ、ね…」
フェイトが再び画面に向き直り、そう口にする。
『またな~♪』
フェイトはその声を聞いて、通信を切った。
はやてだけには、大切な親友だけには伝えておきたかったのだ。通信記録は残っても、通信内容までは残らない。はやてが知らないと言えば、亡命を知っていることにはならない。
「フェイトちゃん…?」
ハッと気づいて、フェイトは顔を上げた。
なのはが心配そうにこちらを見ている。
そんなに険しい顔などしていただろうか。
「何?」
フェイトは緩く微笑んで答えた。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。きっと上手くいくから…」
「そうじゃなくて…」
てっきり、亡命についてのことかと思っていたのだが、当てが外れたようだ。
なのはは呆れたように小さく息を吐いて、再びその空色の瞳でフェイトの姿を捕らえた。
「フェイトちゃんが大丈夫か、を聞いてるの」
「…どういうこと?」
何が言いたいのかさっぱり分からず、フェイトは首を傾げた。
なのはは、その返答が来ることが分かっていたと言わんばかりに目を据わらせている。
「だ・か・ら!フェイトちゃんが無茶するようなことがあるんだったら、私は賛成しないって言ってるの!」
やっと意味が通じて、フェイトは一人感心したように首を軽く縦に振った。
つまり、無茶しないかを聞いていたのだ。
「大丈夫。無理しないから、なのはも無理しないでね?」
「…う、うん」
いつの間にか論点をずらされてしまって、なのはは渋い顔をした。
口下手なフェイトでも、流石隊長に上り詰めただけはある。
「今日はもう寝ようか?」
フェイトは椅子から立ち上がって、なのはの横を通り過ぎる。
それが何故か不自然に見えて、なのははフェイトを見つめた。
「…ほら、行こう?」
でも、その違和感は次の瞬間に消えていた。
「子供扱いしないでよぉ」
「子供扱いなんかしてないよ。ただ、甘やかしてるだけ」
にっこりと笑ってそう言った。
「もう……」
そう拗ねた表情を見せたが、それに抗うことはしない。
結局はなのは自身も、甘やかしてもらえることに異議はないのだから。
************
「なのは…」
隣で寝ている彼女の亜麻色の髪をそっと梳いて、吐息でその名前を呼ぶ。
勿論、起こすつもりではなく、ただ口から出た息に音を乗せただけだ。
「君はもう、一人じゃないからね……」
もう、一人じゃないから
きっと、大丈夫
続く
はやてがいきなり登場。