あれは、一目惚れだったんだ。
あの空色の瞳を自分の瞳に映してから、
私は『本当』に笑うことを思い出した。
「なのは?」
「なあに?フェイトちゃん!!」
最初は警戒気味だった彼女も、今では明るい笑顔を見せてくれる。
私は空高く飛び上がる彼女を追いかけて、空に上がった。
「……それで、その子の名前決めたの?」
私は彼女の杖を目で指して言う。
「あ、この子?決まったよ」
彼女の為に、我が部隊の総力を挙げて作ったインテリジェントデバイス。彼女との相性は抜群のようだ。
「何ていうの?」
「…レイジングハート」
彼女は杖を愛おしそうに一撫でした。
「不屈の心、か…。良い名前だ」
《Thank you》
点滅した赤い宝石に、私も笑いかけた。
こんな日々が続けばいい。
でも、同時に、
いつまでもこの関係が続くはずがない。
それも分かっていた。
――――― 『一時貸与している捕虜の返却を要求する』 ―――――
モティズ少佐から、そう連絡が入った。
なのは達を預かるようにしてから、既に二年経過している。
戦渦は縮まるどころか、広がる一方だった。
度々駆り出される戦闘に、皆も疲れ切っていた。
だが、私の隊はまだ良い方だろう。何と言ってもSランカーの魔導師が二人、そして、魔力を使えるものも数人。それだけでも十分戦えるのだから。それに、私の特殊部隊の基本行動は、人質などの保護と少数精鋭での斬り込み、その軍の長を暗殺だ。
だが、彼の方は違う。普通の陸軍の中隊だ。
確か彼は魔法があまりお気に召さないらしく、質量兵器のみで戦闘をしている。きっとそのやり方に限界が来たのだろう。
自分の捕虜が役に立つとしたら、返して欲しいに決まっている。
フェイトは仕事部屋で一人、ため息をついた。
なのはの成長は、破竹の勢いだった。
ストレージデバイスを一度持たせただけで空を飛び、射撃ができるようになった。
あの時は、あまり攻撃的な技ばかり覚えたので慌てたものだ。
そしてその後三ヶ月は、飛行訓練と防御、バリアジャケットの強化のみに力を注いだ。
その結果、私でも本気を出さなければ破れないほどの結界を張れるようになった。
それから、遠距離攻撃を覚えさせた。
前線には出ないという約束なので、後方支援ならと妥協したと言っていい。
だが、それも凄まじかった。
一点集中の貫通力といい、集束魔法といい、威力がありすぎる。
まるで一本の大木が突っ込んできたようで、広域魔法と言ってもいいような気がした。
幾たびも戦闘に出ているのに、流石の彼もなのはの存在に気づかないはずがなかった。
だが、戻ったらまた奴隷のように働かせられるのだ。
そんなところになのは達を返せるわけがない。
もし返せば、あの時嘘を吐いたことのお咎めもなしにしようというのだろう。
でも、返さなければ、この隊は反乱軍と見なされる。
今までだって、隊の大部分が戦闘にはあまり参加しないため、嫌な目で見られてきたのだ。
特殊部隊を、どうやら特攻部隊とでも履き違えているんじゃないかと、フェイトは口を強く結ぶ。
モニターに開いた捕虜の名簿を閉じ、フェイトは机に肘をついて、両手を顔の前で組んだ。
どうすればいい…?どちらを取っても、隊の皆を、捕虜の皆を…なのはを危険な目に合わせる。
どうしようも出来ない自分が歯痒い。
「くっ……」
その時、扉が開いた。
「フェイトちゃん!資料の整理終わったよ~」
なのはは明るい声で私に言うが、私の纏う雰囲気に違和感を持ったのか、表情を暗くした。
「……どうか、したの?」
言うべきか、言わないべきか。
私には、判断しかねた。だが、一人で悩んでも仕方ない事でもあった。
「フェイトちゃん…」
なのはが机を回り、私の方へ近づいてきた。
「私、フェイトちゃんが悩んでるんだったら聞きたいよ…」
言えないこともあるかもしれないけど…と彼女は続ける。
「一人で無理しないで…。フェイトちゃんの周りには、フェイトちゃんを大切に思ってくれてる人が沢山いるんだから…」
なのはは私の組んでいた手をそっと開いた。いつの間に強く握っていたのか、手の甲に自分でつけてしまったらしい爪痕があった。
「なのは…」
立っているなのはをゆっくり見上げると、日が暖かく照らすような微笑みをみせてくれた。
一つ、胸が高鳴る。
私は咄嗟になのはを抱きしめていた。
急に体勢を崩させられたことに驚いたようだったが、私はそれも気にせずに強く力を込めた。
「ふぇ、フェイトちゃん!?」
上擦ったような声だったのは気のせいだろうか。
だが、その時の私はそこまで頭が回らなかった。
「なのは……聞いて、くれる?」
私の腕の中で、なのはが頷いてくれたのが分かった。
私は一呼吸つくと、口から出る空気に音を乗せた。
「なのはが前捕虜として居た隊…あるよね?」
なのはの身体が強ばるのが分かった。
私は続ける。
「そこの隊長が、なのは達を…その…返して欲しいって…言ってるんだ」
腕の中の彼女は何も言わない。だが、強ばった身体が、細かく揺れるのを感じた。
「嫌…」
「なのは…」
「嫌だよ…そんなの…」
震えた、か細い声。きっと泣いているであろう事が分かり、私は優しく背中を撫でた。
「嫌だ…あんな所…。それに…フェイトちゃんと、一緒に居られない……」
「私も…嫌だよ……」
「だったら…!」
「返却に応じない場合、この隊は反乱軍と見なされる。そうしたら、どっちにしろ皆が危険になる」
私はなのはを抱きしめる腕に力を込めた。
「……どうすればいいか、分からないんだ…」
分からない。
ワカラナイ
私はどうすればいい?
どうすれば……皆を……
「フェイトちゃん…」
腕の中にいた彼女が身体をずらし、私は逆に抱きしめられている状態になった。
なのはは、私がなのはにしたようにポンポンと背中を軽く叩いた。
「私は…あそこに戻るくらいだったら、フェイトちゃんから離れるくらいだったら、少しの危険くらい平気だよ?皆だってそう思ってる」
「ありがとう…」
ああ、まただ。
いい年をした大人が、十七歳の少女に慰められるなんて、情けない。
でも、私に抱きしめられている彼女も、抱きしめてくれる彼女も、優しい温もりをくれていた。
その温もりをたっぷりと味わって、私はなのはの腕を解いた。
「なのは…」
私は少し涙声になった自分の声を、情けないなぁとまた思いながら、柔らかく微笑んだ。
彼女といるたびに、自然に出来るようになった表情。
それは彼女の前でだからこそ出来る表情だ。
「一緒に…来てくれる、かな?」
「…うんっ!」
彼女は満面の笑みを浮かべると、嬉しそうに私に抱きついた。
続く
起承転結の「て」の部分(何