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「先生?」
蒼い髪を靡かせて、呼ばれたその人――玖我なつき――は振り返った。
「何だ…藤乃か…」
そこには亜麻色の髪の女子生徒がにこやかに笑って立っていた。
「先生、どこ行かはるん?」
急な質問に少し戸惑いながら答える。
「別に、準備室に戻るだけだが…?」
試験が終わったばかりで仕事が溜まっているので、それを片付けなければならない。このよく気が利く生徒会長なら分かりそうなものだが。
「一緒に行ってもいいどすか?」
「駄目だ。今は採点中だからな」
即座に却下すると、静留は拗ねたように頬を膨らませた。
「ええやん~。うち、別に点数なんか興味あらへんもん」
珍しく、静留は駄々っ子のように腕にしがみついてきた。
その姿は…まあ、何というか…可愛い。
……確かに何やっても一番だからなぁ…下のやつなんか気にしないか…。
少し揺らぐ。だが、すぐにはっとして頭を振る。
「駄目と言ったら駄目だ。というか、学校ではくっつくなって何回も言ってるだろう?」
なつきは静留の手を振り払い、準備室に向かう。静留はまだ諦めずに後ろからついていく。
「先生ぇ~」
甘えてくるような声にくらっとくるが、なつきは無視して歩く。だが、
「うちのこと…嫌い…?」
予想外の声色と言葉に、なつきは身を翻した。そこには少し肩を震わせて俯く少女がいた。
「静留…?」
声を掛けるが、返答は無い。こんなところで泣かれてしまっては誰に見られるか分からない。なつきは軽く嘆息すると、静留の手を引いた。急なことに、静留は涙を浮かべたまま顔をあげる。
「分かったから…とりあえず準備室に行くぞ」
静留はそのまま引っ張られるようにして、準備室まで引かれていった。
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ガラガラと、扉が閉まる。
静留はまだ呆然としたまま、ドアの前に立ちつくしていた。
「静留…?」
二人だけの時に呼ばれる、いつもとは違う優しい声に静留は反応し、なつきの顔を見上げた。
「どうしたんだ?」
心配そうな声。なつきは静留の目の縁に溜まっていた雫を手で掬った。
「堪忍…」
静留はそう言ってまだ強張ってはいるが、あどけない表情で笑った。
「やかて、最近全然会えへんかったから…」
そういえば…と、なつきは思い返した。今回の試験の日程は土日を挟んでいたし、試験一週間前の土日はどちらも忙しくて会っていない。つまり二週間ばかり二人でいられる時間はないに等しかったのだ。
「……ごめんな…」
なつきは静留を優しく抱きしめた。静留はなつきの胸に顔を埋め、服をギュッと握る。そんな静留の頭を撫でながら、横目で時計を見る。もうすぐ生徒は下校時刻だ。静留も生徒会の仕事が忙しかったんだろうと推測する。
「静留?」
呼びかけると、静留がきょとんとした表情で再びこちらを仰ぐ。
「今日は…もう帰りなさい」
そう言って、静留から一歩下がる。静留は再び泣きそうな目でなつきを見た。なつきはそれを見て苦笑すると、自分の机に向かった。
「私も、今日は疲れたからもう帰る」
なつきは身支度をしながら、そう言った。静留は小首を傾げて、何を言わんとしているかを考えている。
「だから…その……」
よく分かっていない様子になつきは業を煮やしたのか、口を開く。だが、頬を赤く染め、それ以上の言葉が出てこない。
「……家に来るか?」
俯いて、自分の机を見つめたまま、なつきは言った。それを聞いた静留の思考が一瞬止まる。だが、すぐに嬉しそうに笑い頬を染めた。
「おおきに~~♪」
静留はガバッとなつきに抱きつく。
「うわっ!こら、やめろ!!お前は犬か!!!」
すり寄ってくる姿に尻尾を耳が見えたのはなつきの妄想ではないはずである。いや、妄想か。
「やかて、嬉しいんやも~ん♪」
静留は更に擦りついた。なつきはそれを強引に引きはがした。そして、踵を翻す。
「…ほら!!早く帰らないと、家に来る時間も遅くなるぞ!!」
「はいな。せやったら超特急で行きますさかい、待っといてなぁ~」
静留は軽く小走りで廊下を突き抜けていった。なつきはやれやれを首を振りながら、自分も家路についた。
「今日は…美味いものが食べられそうだな」
そう呟いた顔には優しい笑みが零れていた。
Fin.
パロディって素敵だ。